テクノ新世 もっと人間らしく(2)

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牧師もブッダもAI
 「生成された神」に祈れるか

Source: Nikkei Online, 2024年6月18日 2:00

AIが作成した牧師の説教を聞きに約300人の聴衆がつめかけた(ドイツ・バイエルン州)

「信仰を保つために定期的に祈り、聖書を読み教会に通う必要があります」。ドイツ南部バイエルン州の聖ポール教会。約300人の聴衆に向け、スクリーンに映しだされた若い男性牧師は厳かに語りかけた。

教典8万点学習

彼は人間ではない。聖書を学び、自然な言葉で説教する人工知能(AI)だ。信者からは「悪魔崇拝者の所業だ」との批判があがった一方、若い世代からは「神の存在を感じた」と好意的な声もあった。

ウィーン大の神学研究者ジョナス・シマーレイン氏が約1年かけて作り上げ、昨年お披露目した。「人々がAIに愛着を感じない現時点では人間の牧師を代替できない」と認めつつも、「数年後にはより高度なAI牧師を生み出せるかもしれない」と考えている。

近代以降、科学技術の発展と反比例して宗教の社会的影響力は弱まってきた。だが今、AIを利用することで宗教が存在感を高めようとしている。

京大はAIをメタバースと統合し、仮想空間上でブッダと対話できるようにする考えだ

「今この瞬間に集中することで不安は克服できる」。パソコン画面のブッダ像に将来への不安を吐露したら、こんな答えが返ってきた。古代インドの仏典を機械学習し、Chat(チャット)GPTを介した現代風の言葉で質問者に答える「ブッダボット」だ。

8万点超ある膨大な原始仏典の学習を今も続けている。「ブッダなら確実にこう言うだろうというレベルに近づく道は見えてきた」。開発した京都大学の熊谷誠慈教授(仏教学)は精度に自信を見せる。法事はおろか葬式すら不要論が広がる中で仏教界の危機感は強い。「AIのブッダは仏教が人々の日常生活の中に入っていくきっかけになりうる」(熊谷教授)

イスラム教もAI利用に積極的だ。教義に関する質問に答えるチャットボットの運用が3月に始まった。

礼拝アプリ「ムスリムプロ」に実装。同アプリはシンガポールのビッツメディア社が開発し、世界最多のイスラム教徒が暮らすインドネシアを中心に1億6000万人が利用する。ジョグジャカルタの銀行員、バンバン・ウィチャクソノさんは「祈りの際にとなえるコーランのフレーズをAIに教えてもらえるのはとても便利だ」と話す。

「ムスリムプロ」に搭載されたAIはイスラム教徒の信仰生活をサポートする

ビッツメディア社は「技術と信仰を融合させ世界中のイスラム教徒の精神の健全性を高めたい」としている。香川大学の二ツ山達朗准教授によると「AIの言葉はファトワ(イスラム法学者が出す見解)ではないことを明記しており、現状は規制はない」という。

仮想の教会設立

米ピュー・リサーチ・センターの予想では、2050年時点の世界の人口に占める3大宗教の信者数の割合は10年比5ポイント増の66%。特にイスラム教徒は10億人以上増え、この先も宗教を心のよりどころとする人は減らないとみられる。

15年には元米グーグル技術者がAIを神格化した仮想の教会をネット上に設立し物議を醸した。"生成された神"に人間がひれ伏すことへの懸念は宗教界にもある。米最大のプロテスタント系組織、南部バプテスト連盟は19年、「神のみが生命を創造する力を持ち、AIは神の地位を奪わない」との声明を発表した。

「AIの素晴らしさは過去を手放し前進できることだ」。冒頭のAI牧師の言葉だ。AIは神の言葉を伝えうるとも解釈できる発言には危うさもある。14日、主要7カ国首脳会議(G7サミット)でローマ教皇フランシスコは「AIを適切に制御できるかに人間の尊厳がかかっている」と述べた。信仰への技術の浸透をどこまで許すか、判断は人間に委ねられている。