Source: Nikkei Online, 2023年8月10日 2:00
着物は元来、自由なものだった。歴史を紐(ひも)解いて、その精神に触れてみよう。
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茎と葉を持つ何やら花のようなデザインが花火のように爆発している。一体、何の模様だろう。
泰平の江戸時代、町人たちが経済力を持ち始めると、家中で暇を持て余した女性たちは贅(ぜい)を尽くした御所の女性たちや、奇抜なファッションを好む遊女たちがまとう、珍しく伊達な衣装にあこがれた。そのような要請に応じて生まれたのが、小袖模様を数多く掲載した雛形本である。最初に刊行された寛文7年(1667年)の「新撰御ひいなかた」には、この帷子(かたびら)とそっくりの模様が掲載されていて、これを元に刺繡や絞りなどの豪華な装飾を施したオートクチュールであることがうかがえる。
雛形本にはこの模様は「菊に棕櫚(しゅろ)」とある。確かにこの葉は菊の葉だし、中央の花は菊を横から見たようにも見える。ということは、菊花の周りに爆発する尖(とが)った模様が棕櫚の葉なのか。菊と棕櫚が合体した模様もありなのか。名も記さぬ版下絵師の、この自由奔放な感覚には脱帽である。(17世紀後半、麻に絞りと刺繡、丈155.1センチ、裄(ゆき)62.7センチ、重要文化財、京都国立博物館蔵)