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着物は自由(10)振袖 淡紅綸子地宮殿模様

東京国立博物館工芸室長 小山弓弦葉

Source: Nikkei Online, 2023年8月24日 2:00

国立歴史民俗博物館提供

美しい装飾のある鉄格子が入った窓越しに、外を眺める深窓の王女の視点だろうか。天井からいくつもぶら下がる美しいシャンデリア、窓辺の花瓶に華麗に生けられた花々、窓枠の周囲はデコラティブな壁紙に彩られている。

もはや着物とは呼べないヨーロピアンなデザインだが、カラフルに彩られた繊細な装飾模様は、極めて伝統的な友禅染の技法で色を挿している。輪郭は細い金彩で縁取られ、虹色に揺らぐラメ箔やフィルム箔の糸で刺繍(ししゅう)がきらめく。こんな着物をまとったら、心ははるか宮殿のプリンセス気分に高揚したことだろう。

豪華な着物を着ることは夢のように思えた戦後だったが、高度成長期を経て、伝統にとらわれない洋服のようなデザインの着物が若い女性の晴れ着として登場した。そこには、伝統から解放されようとする女性を鼓舞する思いが表明されているのかもしれない。池田理代子が描く「ベルサイユのばら」が、男装の麗人オスカルと王妃マリー・アントワネット、宮廷に生きる二人の女性の自立と奔放を描いたように、この振袖もまた、若い日本女性の自由な精神を代弁する新奇なデザインとして登場したのではないだろうか。
(20世紀後半、綸子(りんず)に友禅染、刺繡、丈158センチ、裄(ゆき)65.2センチ、国立歴史民俗博物館蔵)