Source: Nikkei Online, 2023年8月21日 2:00
江戸時代を代表する人気絵師、尾形光琳(1658〜1716年)が、小袖に秋草図を描いた。なぜ、女性が着る小袖に絵を描くのだと思われるかもしれないが、実は、女性がまとう小袖だからこそ描いたのである。豪商や遊女など衣装に贅沢(ぜいたく)を尽くした女性たちの間では、有名な画家に描かせた小袖をまとうことが財力や権力を誇示し、誰にも真似(まね)できない最高のステータス・シンボルとして流行っていた。
光琳は京都の呉服商・雁金(かりがね)屋の出でありながら小袖模様の雛形は描いていないが、描絵小袖は手がけていたらしい。由之軒政房の浮世草子「好色文伝受」(元禄12年〈1699年〉刊)には「白い繻子(しゅす)地に墨絵の松模様を光琳に描かせた」と記されている。
宝永元年(1704年)頃、光琳は新たな活動の場を広げるために江戸へ下向した。
パトロンとなった深川の材木商・冬木屋のために返礼として制作したのがこの小袖だ。
菊、萩、桔梗(ききょう)、薄といった草花が群れる秋の野を即興で描いたのであろう。
その後、冬木屋は破産、この小袖もおそらくは古着屋に売られ流転を繰り返し、明治6年、博物館にやってきた時には着用できないほどにボロボロの状態であった。
尾形光琳の直筆と言われていたからこそ、現代にまで生き残ったのであった。
(重要文化財、18世紀初、綾に彩色、丈147.2センチ、裄(ゆき)65.1センチ、東京国立博物館蔵)