Source: Nikkei Online, 2023年8月23日 2:00
まるで印象派時代の油彩画のような華やかな色彩と筆遣いを思わせる風景模様が、着物に染められている。友禅染で用いる糊に化学染料を混ぜた色糊と筆を用いて直接、反物に描く「液描(えきがき)友禅」という技法だ。油彩画のような微妙な色の陰影をつけることが可能になり、新時代の山水画と言わんばかりに異国風の風景模様を世に送り出した。
遠景に描かれる雪を被った険しい山はアルプス山脈だろうか。その中景には南ヨーロッパを彷彿とさせる建物と帆船が海に浮かぶ港の風景。近景には南国に自生するソテツやシュロと、英国式庭園のような色とりどりの花壇が共存している。一体、これは何処(どこ)の風景を描いているのだろうか。
いや、そのような問いをすることこそナンセンスだ。本来この衣装には「阿蘭陀(おらんだ)風景模様」という名称が付いていた。「阿蘭陀」とは、江戸時代、南蛮風の文物に日本人が好んでつけた名称である。この模様もまたヨーロッパ趣味の模様として日本の着物文化に取り込まれたのであろう。
模様に紛れて沢瀉(おもだか)の五つ紋がお行儀よく付いている。正装用の振袖にこんなにも個性的で華やかな模様が用いられていたとは驚きである。
(1936年、縮緬(ちりめん)に友禅染と刺繡(ししゅう)、丈174.5センチ、裄(ゆき)64センチ、丸紅株式会社蔵)