Source: Nikkei Online, 2023年9月25日 2:00
秋の景色や風俗、題材を近世以降の日本美術に探ってみたい。
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広がる原野に秋草が美しい本作は江戸時代初期に流行した「武蔵野図屏風」である。左隻に描かれる富士山を遠景に、萩(はぎ)、菊、桔梗(ききょう)、撫子(なでしこ)、紫苑(しおん)、藤袴(ふじばかま)、女郎花(おみなえし)が咲く薄(すすき)(尾花)野へ、月が沈もうとしている。武蔵野は古来文学の舞台となり、季節を秋に定めた本作と同様のイメージを和歌「武蔵野は月の入るべき嶺もなし尾花が末にかかる白雲」(続古今和歌集)に求めることができる。
「武蔵野図屏風」と総称される作品群はモチーフに多少の相違がある。本作を特徴づけているのは、金雲や叢(くさむら)が形式化されず原初的な姿を見せる点だ。秋草はとりどりの色を使って造化の妙を余すところなく表し、当時の人々が武蔵野に抱いたであろう素直な自然美の輝きを今に伝える。
素朴で可憐(かれん)な秋草を愛(め)でる日本人の情趣は、ときには写実的にそして意匠化もされて、工芸を含めた諸分野に用いられた。そうした日本の美意識をよく示す。
(桃山〜江戸時代初期、紙本著色、六曲一双、各165.8×367.0センチ、島根県立石見美術館蔵)