Source: Nikkei Online, 2023年10月20日 2:00
滝壺(たきつぼ)に打ち付けられる水音すらも聞こえてきそうな佇(たたず)まい。名所箕面の滝を写し取った、刺繍(ししゅう)による瀑布(ばくふ)図の逸品である。
西洋で人気のあった刺繍(ししゅう)絵画の図案のひとつに日本ならではの風景画があった。中でも瀑布図や日光東照宮など名所旧跡を繍(ぬ)ったものは人気が高かったという。
近代の写実的な刺繍絵画の世界を切り開いたのは、近世に名人と呼ばれた職人たちであった。滝の刺繍を試みた当初、名人の腕を持ってしても容易ではなく、最初はそうめんが流れているようななんとも格好のつかないものが出来てしまったという。何度もやり直し苦心努力の末にやっと滝らしい刺繍を刺すことができた。
しかし一通り滝の刺繍ができるようになった後も、滝壺に重力が感じられないなどの指摘を受け、再びの苦心努力の末、本作の如き重力や音までも感じさせるような作品へと行き着いたそうだ。
改めて本作を見ると、そうめんの面影はもはやなく、岩肌を流れる滝の細い流れすらも誠にリアルに表現された作品である。糸の撚(よ)りのかけ方、針足の方向、光の反射も加味して工夫することで、写実的な滝の図が完成している。
(明治〜大正時代、80.5×59センチ、清水三年坂美術館蔵)