日本IBM、分社の先にある成長戦略とは?
山口社長は2021年に攻勢をかける

Nikkei Online, 2021/03/12

デジタル変革への熱意の高まりを受け、日本IBMは支援事業体制の強化を急ぐ。同社を率いる山口明夫社長は米本社の戦略に沿ってグループを再編し、基盤を問わないシステム作りを目指す。柱の一つである銀行向け事業の強化へ、運用子会社の設立をはじめ攻勢をかける考えだ。

(聞き手は森重 和春=日経クロステックIT編集長、浅川 直輝=日経コンピュータ編集長、玉置 亮太=日経クロステック/日経コンピュータ、大川原 拓磨=日経クロステック/日経コンピュータ)

山口 明夫(やまぐち・あきお)氏
1987年日本IBM入社。
取締役専務執行役員グローバル・
ビジネス・サービス事業本部本部長などを経て、
2019年5月から現職。(写真:村田 和聡)
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日本IBMにとって2020年はどのような年でしたか。

 新型コロナ禍である部分ではアクセルを踏み、またある部分ではブレーキをかける難しい会社運営を迫られました。特に緊急事態宣言下において学校がクローズされた時のことが印象に残っています。

 当社はそれまでもリモートワークを推進していましたが、子育てのため社員が仕事を進められない状況が突然発生したわけです。そのため社員に特別有給休暇を出して子育てに注力してもらいました。男性社員も含め3月以降700人が取得しています。

仕事に対する社員の考えに変化はありましたか。

 今までは営業やプロジェクト進行で、客先へ頻繁に訪問したり積極的に出張したりする姿勢を「仕事をガンガンやっている」ものとして評価する風潮がありました。ですが家事や育児、介護などに追われ出社や出張への時間的な制約がある社員もいて、ある種の不公平感があったわけです。リモートワークで時間を有効活用できるようになり、不公平感が解消されつつあります。

 

DXへの理解が深まった

--- 2020年から2021年にかけての IT投資動向や、デジタルサービスに対する需要の変化をどう捉えていますか。

 需要は明らかに増えています。顧客もデジタルトランスフォーメーション(DX)について何をすべきか、少しずつ見えてきたようです。

 当社自身、顧客の話を聞く中でDXの中身はインフラ強化、ビジネスアイデアを実現するアプリケーションの開発データ活用の3つに大別できると気付きました。加えて経営者がDXについて理解し、旗を振り始めた年であるとも感じています。

--- 2020年5月にはシステム子会社3社の統合、10月には米IBMに従ってITインフラの運用サービス部門を分社化する方針をあきらかにするなど、グループ再編の動きが目立ちました。なぜこのタイミングで再編を実施するのでしょうか。

 分社化の背景には長期的な戦略があり、2016年前後から先を見据えた議論を重ねてきました。今までは(各顧客が)ハードウエアとミドルウエア、アプリケーションを自前で構築し運用していましたが、こんな世界は絶対になくなるぞと議論していたのです。

 インフラについては多数の顧客が共有するプラットフォームが主流になるでしょう。EV(電気自動車)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)機器、医療機器の発展もあり、ITはより社会や生活に浸透しています。こうした変化を踏まえると、アプリケーションは従来のサーバー上に限らず、プラットフォームフリーで様々な場所で動かせるようにする必要があります。

 インフラ運用部門の分社化を通じて多様な会社とパートナーシップを結べるようにします。具体的にはクラウドサービスやネットワーク、データセンターなどの企業です。

 ベンダーロックインせずプラットフォームフリーの環境を実現するのが「Red Hat OpenShift on IBM Cloud」です。それをコアにする方針が決まりました。

 プラットフォームフリーの環境が進むと、当社のサーバーやクラウドが売れなくなるのではという懸念はありました。そのため2年ほどかけ、IBMの様々なミドルウエアをコンテナで動かせるようにしてきました。こうした準備があったからこそ、米IBMが米レッドハットを買収してすぐ「IBM Cloud Paks」を発表できたのです。

 一方、今後もサーバーや量子コンピューター、AIなどの領域はIBMの中で投資を続けて研究開発し、ハイクオリティーな最新技術を他社へ提供していきます。  日本の顧客の変革を支援するため、分社化しても今まで以上にメリットを提供できるよう努めます。日本IBMと顧客の間に子会社が入り、エンドツーエンドでなくなることで一時的に不安を与える形になるかもしれませんが、我々の1年後の姿を見ていただき、よりよい形になったと思っていただけるよう一生懸命進めているところです。

--- 2020年にはみずほ銀行とのIT運用子会社の共同設立など、銀行との協業が目立ちました。

 IT部門や IT子会社の役割は必ず変わるはずです。今まではインフラを導入・管理し、ユーザー部門からの要望を基にアプリケーションを作って安定稼働させることが使命でした。今後はDXへの参画を求められ、今までと違う筋肉を使う必要があるでしょう。

 企業内外のデータを集めて活用するニーズが高まる中、データを管理する仕事の重要性が増すと考えられます。今までインフラとアプリの運用を担っていた IT部門や IT子会社は、今後アプリとデータを扱う必要が出てくるでしょう。加えて経営戦略を担う位置付けにもなるはずです。

 今後ITインフラはますます大規模になり、自動化ツールを使うだけでは効果的に運用できなくなるでしょう。AIや様々な技術を活用して、広域化かつ高度化した運用に対応しなければいけません。これはユーザー企業がやるべき仕事でないと考えます。我々、および新しくつくる運用会社が担うべきです。

銀行向けの基盤を整備

--- 政府が地方銀行の再編を促しています。地銀向け事業をどう強化しますか。

 6月に「IBM Cloud」上で稼働する「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」を発表しました。金融機関の基幹業務アプリケーションにアダプターを付けて、様々なフロントエンドのアプリケーションへ簡単につなげられます。認証の共通機能などはDSPで提供し、新機能をFinTechのスタートアップ企業にも積極的に作って参入してもらえる。システム開発の流動性や機動性が高まります。

 これからの地銀は地方のDXを推進する立場になるでしょう。当社が地銀を支援すれば、地銀自身に加え地域のDXにも貢献できると考えています。

--- 金融機関以外の業種向け戦略は。

 保険やヘルスケア、製造業などに向けたDSPを2021年に発表します。世の中には宝の持ち腐れのような基幹系システムがたくさんあります。それらのシステムはしばしば古いイメージのものとして語られますが、最新のメインフレーム上で動くシステムはいわば「スーパーカー」であり、使わないのはもったいない。

 メインフレームなどで動く基幹系とオープンシステム、そしてクラウドのハイブリッドな環境が浸透していくのが2021年でしょう。旧来のシステムをDXを阻む諸悪の根源のように捉えるのではなく、使えるものは使う。「システムのダイバーシティー」が大きく進むと考えます。