首相「マイナカードの利便性、実感早く」

マイナカード狂騒曲(1)

Nikkei Online, 2021年3月2日 5:04更新


マイナンバーWGの会合であいさつする菅首相
(2020年12月、首相官邸)

マイナンバーカードの累計交付数が2月1日に3198万枚となり、昨年末時点で有効なパスポートの数、2771万冊を上回った。

「国民の4人に1人がカードを取得し、一つの節目を超えた」。デジタル改革相の平井卓也は2月2日、交付率が25%を上回ったと発表した。

首相の菅義偉は平井に「できるだけ早く普及させ、より多くの人に利便性を実感してもらうように」と発破をかける。

2016年のマイナンバー制度の導入から5年。政府の目標は22年度末までの全国民の保有だ。「その日程はなかなか厳しい」と話す平井をよそに、菅はあくまでも早期実現をめざす。急ぐ背景に新型コロナウイルスの感染拡大がある。

20年春の1人一律10万円給付を巡り政府の対応の遅さへの不満が噴出した。マイナンバーを使ったらもっと早く支給できるのに――。当時、安倍政権で官房長官だった菅は何度もぼやいた。

コロナ禍は行政のデジタルインフラの脆弱さを浮き彫りにした。現金給付の申請は郵送頼み。支援決定から2週間で振り込まれた米国に対し、日本では2カ月近くかかる例が相次いだ。

菅自身はデジタル技術自体に決して明るいわけではないが、デジタル社会への潮流は不可逆的だとの確信はある。関係閣僚に「カードはデジタル社会の最重要インフラだ」と対応をせかす。

3月4日からは健康保険証との一体化が順次始まり、カードはより身近な存在となる。全国の医療機関や薬局などで、カードのICチップから保険証情報を読み取る機器の導入準備が進む。

祐愛会織田病院(佐賀県鹿島市)は受付などにカードリーダーを3台設置し、2月26日に職員が予行演習した。

同県南部の中核病院で1日250人ほどの外来患者が訪れる。これまでは受付で保険証を確認して情報を手入力しており新規患者の場合、作業に平均3~5分かかった。

カード利用で患者の待ち時間を短縮できる。薬などの情報も閲覧できれば医療の質の向上にもつながる。同病院の村吉英樹は「患者と病院の双方に大きな利点がある」と話す。

政府は3月末に全国の病院などの6割で機器を導入する目標を掲げる。必要経費を病院なら200万円、診療所なら43万円程度と見積もり、全額を補助して後押しする。それでも全体の申込率は3割にとどまる。

「医療機関から『機器の価格が高すぎ、先払いできない。導入は先送りしたい』との苦情が止まらない」。厚生労働省は2月上旬、システム開発企業に費用を安くできないかと協力を求めた。

政府の想定価格の倍近い見積もりが届いた病院もあるという。政府の強い意思による補助が「マイナンバーバブル」への期待を招き、機器メーカーの強気の価格設定につながっているようだ。


政府は新型コロナワクチンの接種記録と
マイナンバーをひも付けて管理するシステムをめざす

政府は4月からの高齢者向けのワクチン接種でもマイナンバーの利用を狙う。「マイナンバーを使うなら今だ」。平井は規制改革相の河野太郎がワクチン担当に指名された翌1月19日、河野にこう進言した。

政府は接種記録とマイナンバーをひも付けて管理するシステムをめざす。開発を委託したのはITベンチャー、ミラボ(東京・千代田)。河野は「マイナンバーを使う事業で実績がある」と選んだ理由を説明した。

実はカードの活用は菅にとってコロナ禍以前からの関心事項だった。19年度までに5000億円超を投じたのに、普及率が10%台と低迷しているのが不満だったからだ。

19年2月、当時官房長官だった菅は自ら議長を務めるデジタル・ガバメント閣僚会議で、健康保険証との一体化を急ぐよう指示した。

20年9月に始めた「マイナポイント」事業もここで号令をかけた。20年1月に15%だったカード交付率がこの1年で10ポイント上がったのも、ポイント還元にカードを使った手続きを求めたからだ。

菅は首相就任後も会議の議長にとどまり、26年中が目標だった運転免許証との一体化も、24年度へと前倒しさせた。

「国民のために働く内閣」を掲げる菅政権にとって利便性は分かりやすい成果となる。あとはどう実感につなげるか。カード普及の成否は政権への期待感をも左右する。

(敬称略)

コロナ禍で注目されるマイナンバーカード。デジタル社会のインフラとして定着するか。様々な試みと課題を追う。