
2025年のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった大阪大学の坂口志文特任教授は17日、日本経済新聞の取材に応じ「まず様々ながん治療の分野で制御性T細胞の応用が進むことを期待している」と話した。坂口氏は医療応用だけでなく「制御性T細胞と免疫の基礎的な仕組みをさらに解明したい」と今後の研究に意欲をみせた。
坂口氏が発見した制御性T細胞は免疫反応の「ブレーキ役」として機能する。体内の免疫を構成する免疫細胞が過剰に働いて、自分の体を構成する正常な細胞や組織を攻撃するのを抑える役割を持つ。制御性T細胞を増やすことで、体内の免疫が暴走して起きる関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患の治療につながることが期待される。
一方、制御性T細胞のブレーキ機能が利きすぎると、がんの進行にもつながる。本来であれば、がん細胞の増殖を抑える免疫の機能が、制御性T細胞によって抑えられるためだ。このため制御性T細胞の働きを弱める物質を投与すれば、がんの治療薬になる可能性がある。がん治療への期待を示した理由について「制御性T細胞を減らす方が、増やすよりも技術的には容易だ」と説明する。
制御性T細胞の研究については、国内で塩野義製薬が14年に大阪府吹田市の大阪大学最先端医療イノベーションセンター内に共同研究講座を開設し、がん免疫療法に関する研究を共同で進めている。塩野義は進行したがん組織の中にある制御性T細胞の表面たんぱく質を阻害する抗体医薬を開発し、現在、初期段階の臨床試験(治験)を日米で進めている。
制御性T細胞は、がん細胞の増殖を阻害するだけでなく、がんの転移を防ぐ可能性もあるという。具体的には体内の免疫反応を高める手法の開発を目指す。検査などでがん細胞が見つかったその日からがん細胞を排除する免疫機能を高めることができれば「がん転移の確率を下げることができる。そうすれば、がんは恐ろしい病気ではなくなるだろう」と将来の展望についても語った。
ただがん領域に関しては世界でも同様の研究開発が活発といい「臨床応用は海外の方が先に進んでいる。日本でも積極的に治験を進めるために国のサポートが必要だ」と提言した。がん領域だけでなく、自己免疫疾患や有効な治療法がない病気に対して、制御性T細胞を活用した医薬品開発が製薬会社を中心に進んでいる。
世界各国で様々なアプローチで臨床応用が進むが、自身の研究については「まだまだ基礎的な部分でやらなければいけないことがある」という。基礎研究を進めることで「さらに大きな発見があり、パーキンソン病やアルツハイマー病といった難治性の病気の治療の糸口になるかもしれない」と期待を寄せる。
また研究力の低下が指摘されている日本の科学力については、若手研究者が科研費などを得るために苦労している現状について危機感も語った。「ガソリンがないと車は動かない。研究力という無形の伝統が継承されないとサイエンスはダメになる」と基礎科学研究のための資金など若手研究者に対する支援策の拡充を訴えた。
(聞き手は岡本康輝、三隅勇気)
さかぐち・しもん1976年京都大学医学部卒業、83年博士号取得。米スタンフォード大学研究員、米スクリプス研究所助教授、東京都老人総合研究所などを経て99年京大再生医科学研究所教授、2007年同所長。11年大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授、16年から阪大特任教授。08年慶応医学賞、15年カナダのガードナー国際賞、17年スウェーデンのクラフォード賞、20年ドイツのロベルト・コッホ賞などを受賞。09年紫綬褒章、17年文化功労者、19年文化勲章。25年10月にノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった。 |