足りない特養、実際には空き 首都圏で6000人分

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高齢化に伴う需要増に逆らうように介護施設の空きが目立ってきた。日本経済新聞が首都圏の特別養護老人ホーム(特養)の入所状況を調べたところ、待機者の1割に相当する約6千人分のベッドが空いていた。介護人材の不足で受け入れを抑制する施設が増え、有料老人ホームなど民間との競合も激しい。国や自治体は施設拡充に動くが、需給のミスマッチを解消しなければ無駄なハコモノが増えていく。

特養は自治体が整備費を補助し、民間の有料老人ホームより安価な施設が多い。2015年度に新規入所者を要介護度が高い人に絞り、50万人以上いた全国の待機者は約30万人に減ったが、なお高水準だ。

東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県やその市区町村に直近(17年4月~18年9月)の稼働状況を聞き取ると、計13万8千床のうち約6千床が空いていた。6万5500人とされる特養待機者の9%強だ。厚生労働省によると、全国の空きは17年9月末で1万7千床と待機者の6%弱なので、首都圏の空床が際立つ。

事業を広域調整する老人福祉圏域で見ると、空きベッド数を定員で割った空床率が最も高いのは目黒、世田谷、渋谷の都内3区による圏域の8%。2~4%の都の他区部を大きく上回った。

■ 人材が不足、民間と競争激化も

世田谷区東南部にある定員96人の施設は昨年8月の開業から半年で満床にする計画だったが、11月時点で半分が空いていた。副施設長は「人材採用が進まず、受け入れを抑えざるをえない」と明かす。

4月に開業した定員110人の「世田谷希望丘ホーム」も3割が空いたまま。入所者3人に職員1人の配置を求める国の基準は満たすが「2人程度に職員1人を充てないと十分にサービスできず、拙速に受け入れると介護事故につながりかねない」(渡辺博明総合施設長)。区全体では3月末で1800人が待機するが100床以上が埋まらない。

民間との競争激化も大きな要因だ。首都圏の特養の定員は17年10月時点で13万4千人と直近4年間で18%増えたが、有料老人ホームは32%増の14万8千人、見回りなどのサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は71%増の4万8千戸と伸びが際立つ。千葉県成田市の特養施設長は「並行して申し込んでいた特養以外の施設に流れる人もいる」と嘆く。

公共性が色濃い特養は要介護度の高い人や低所得者を優先的に受け入れることで、民間の有料老人ホームとすみ分けしてきた。だが近年は国が個室と共有スペースを組み合わせた「ユニット型」を推奨し、民間並みの費用を取る施設が増えた。西多摩の特養検索サイトを運営する前田卓弥氏は「高額のユニット型は敬遠されやすい」と語る。埼玉県はユニット型の空床率が8%強と、相部屋中心の施設の2倍近くだ。千葉県でもユニット型の空床率は3.8%と、相部屋中心より1ポイント高い。


自治体がニーズを読み違える事例もある。東京都杉並区が3月、静岡県南伊豆町に開いた「エクレシア南伊豆」は定員90人のうち50人分は区民向けを見込んでいた。都市部の自治体が遠隔地に設ける全国初のケースだったが、半年で満床の目標に対し区民利用は35人にとどまる。待機者が1千人いるため、遠くても需要はあるとの思惑は外れた。

■ 財政負担は重く

今後も特養拡張の勢いは衰えない。神奈川など3県は20年度までの3年で1割増の1万1千床、東京都は25年度までに3割増の1万5千床を新設する。都施設支援課は「高齢者の増え方を考えれば適切」と説明する。


東京都杉並区が静岡県に開いた特養も埋まらず

東京都高齢者福祉施設協議会の田中雅英副会長は「行政は民間施設の将来の増加分を考慮していない」と指摘する。有料老人ホームは原則自治体への届け出、サ高住は登録で済み、新設の制御は難しい。

特養は建設・修繕費など長期の財政負担が重い。民間施設と立地を調整し、ムダを減らす必要がある。長野県は17年に高齢者施設の状況を調べ、各市町村に伝達。競合が激しい地域の特養建設を抑えるよう促した。

空きを埋める介護人材の確保も欠かせない。埼玉県は今春、県議会での指摘を受け、空きが目立つ圏域の整備計画を見直すとともに、職業訓練の強化など人材確保策を検討する委員会を立ち上げた。

公益財団法人・介護労働安定センターの17年度調査によると、介護事業所の約半数が「今の介護報酬では人材確保・定着に十分な賃金を払えない」と回答した。限られた財源を施設整備ばかりでなく、働き手に回す視点も求められる。

都市部で単身高齢者が急速に増えるなか、特養だけで介護需要を満たすのは難しい。対象者を低所得者に絞るなど民間との役割分担を明確にする必要がある。

▼ 特別養護老人ホーム

 

介護を必要とする65歳以上の高齢者で、在宅介護の難しい人が暮らす施設。主に自治体が補助金を出して建設し、社会福祉法人が運営する。入所者は食事や入浴、排せつなどの介護や健康管理などの支援を受けられる。入所者3人に対して介護・看護職員を1人以上置くなど、人員や設備に関して必要な基準がある。在宅復帰を目的にリハビリを施す介護老人保健施設などとは区別される。

2016年度末のサービス利用者数は57万7千人。高齢化による需要拡大で伸びが続く。「要介護3」以上の入所者の割合は2000年時点で7割程度だったが、15年に約9割となった。同年4月から新規入所者の対象も原則要介護3以上に絞り、中重度の要介護者向けという位置づけを明確にした。

施設には一部屋に数人が同居する「多床室」や、個室とリビングなど共用空間を備えた「ユニット型個室」がある。国は入所者の生活の質向上などを狙い、定員に占めるユニット型の割合を15年の4割から25年度に7割以上とする目標を掲げる。ただユニット型は多床室より入居費が高く、職員も多く必要なため、需要が乏しい地域もある。

(斉藤雄太、藤原隆人、学頭貴子)