遺言で防ぐ相続の争い 保管制度、費用・手間少なく

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遺言には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」がある

自分に万一のことがあった場合に備えておこう――。埼玉県に住む40代の女性会社員Aさんはこう考え、この春から遺言書づくりを始めた。家族は夫と子ども2人がいるが、夫との関係は悪化。夫は離婚を拒んでおり、もしAさんがいま亡くなると遺産は夫と子ども2人が分けることになる。

亡くなった人が遺言を残していれば、遺産は故人の考えに沿って分けるのが原則。遺言がなければ相続人が遺産分割協議で分け方を決める。分け方は法律で定められた割合が目安で、Aさんの場合は配偶者である夫が2分の1、子ども2人が4分の1ずつになる。子どもは未成年のため特別代理人を立てる必要もある。子どもに少しでも多くの財産を残すため、Aさんは遺言書作成のセミナーで知った「自筆証書遺言書保管制度」を利用するつもりだという。

保管制度の利用、増加傾向

保管制度は2020年7月に始まった。自分で作成した遺言書を法務局に持参すると保管してもらえる。従来の制度に比べ費用や手間の負担が少なく、「自分で遺言を作るハードルが低くなった」と司法書士の柿沼大輔氏は話す。保管申請数は増加傾向で、法務省によると21年3月までの累計で約1万6700件となっている。

遺言には大きく分けて「自筆証書遺言」と公証人が内容を聞き取るなどして作る「公正証書遺言」の2つがある。自筆証書遺言は本人が全文を手書きする。書く内容を司法書士などに相談しなければ費用はかからないが、内容と書式に誤りや不備があると無効になったり、遺産争いにつながったりしやすい。自宅で保管するなら紛失や改ざんのリスクがある。遺言を開封する際は家庭裁判所で裁判官が立ち会う「検認」という手続きも必要だ。

一方、公正証書遺言は専門家である公証人が作成するため、内容や書式で無効になることはまずない。遺言は公証役場で保管するので紛失などの恐れがないほか、検認もいらない。ただし公証人に払う手数料が財産額などに応じて一般的に数万円から発生する。

自筆証書遺言の保管制度はこうした使いにくさに対応する狙いがある。遺言書の保管手数料は1通3900円で、遺言者が死亡したときから50年間保管する。検認も不要。遺言書の形式的な不備も保管を申請する際に法務局の担当者が確認してくれる。

ただ遺言書の内容をチェックしてもらうことはできない。このため専門家の間では「相続財産が自宅や預金だけで家族構成がシンプルな場合や、遺言書を書き直す可能性がある場合は保管制度を利用するケースが増える」(柿沼氏)との見方がある。財産や家族構成が複雑だったり、自筆で書くことが負担になったりするなら公正証書遺言を選ぶのが無難だ。

 

遺言の内容、「公平性」に目配り

では遺言書を作成する際にどんな点に気を付ければいいだろうか。まず大切なのは遺産の分け方について「誰に、何を、いくら」を明確に書くこと。行政書士の吉村信一氏は「誰が見ても同じ解釈しかできない表現にすべきだ」と助言する。例えば「銀行預金は兄弟3人で仲良く分けるように」と書くと、それぞれが同じ金額を受け取るのか、話し合って分け方を決めることを求めているのかなど解釈が分かれかねない。

遺産の分け方は必ずしも法定相続分通りでなくても構わない。相続人のなかに故人から生前に財産を受け取るなどした特別受益がある人がいたり、故人の介護で貢献した寄与分がある人がいたりする場合に法定相続割合で分けると、トラブルになりかねないためだ。

「家族全員が納得できる内容にしたい」。都内に住む80代半ばの男性Bさんは6月にも作成する予定の公正証書遺言についてこう考えている。Bさんの財産は自宅と預貯金で8500万円ほど。当初は遺産を長男と長女に同額ずつ分けようとしたが、Bさんは借金を抱える長男の生活費を援助してきた。「それでは不公平」という長女の訴えで家族全員で話し合い、長男が3分の1、長女は3分の2にすることにしたという。

状況に応じてBさんのように分けることも選択肢になるが、「遺留分」には配慮が必要だ。法定相続割合とは別に法律で認められた最低限の取り分のことで、法定相続分の2分の1が一般的だ。遺留分を侵害された相続人は不服申し立てをすることができる。

遺言書の本文に書き添える「付言事項」も活用したい。遺産分けの理由や家族への感謝などを伝えたりすることで、相続人が遺言書の内容に納得することが期待できるという。

(三好理穂)