Nikkei Online, 2021年6月10日 2:00
夕食後、家族そろってテレビを見る筧家。ドラマの中では、亡くなった富豪の財産を巡り、若い後妻と兄弟らが激しい言い争いをしています。いたたまれなくなった良男が、隣に座る満に「パパの遺産はお姉ちゃんと仲良く分けるんだぞ」と話しかけます。
満 大丈夫だよ。半分こすればいいんでしょ。
良男 いや、ママもいるから、3分の1ずつかな。
幸子 はずれ。法定相続では配偶者が2分の1、子どもが残りの2分の1を均等に分けるのが決まり。我が家のケースでは恵と満で4分の1ずつということになる。
満 法定相続って何?
幸子 遺言がないとき、誰がどれだけ遺産を相続できるかを民法で定めているの。対象となる人は法定相続人と呼ばれ、順位が決まっている。法律上の婚姻関係にある配偶者は必ず対象で、子がいれば第1順位として分け合うことになる。もし子が相続前に亡くなっていれば孫が相続する。これを「代襲」といい、孫もいないときはひ孫が再代襲できる。
満 子どもや孫がいない場合は?
幸子 亡くなった被相続人の直系尊属である親が第2順位となる。親がいなければ祖父母、祖父母がいなければ曽祖父母が相続人よ。さらに第1、第2順位ともいないなら、第3順位の兄弟姉妹が相続する。その配偶者は対象外で、兄弟姉妹がいない場合に代襲できるのは、おい・めいまで。
良男 配偶者以外は血縁と考えればいいんだな。
幸子 配偶者は離婚すれば相続の権利がなくなるけれど、子は持ち続ける。あとは婚外の非嫡出子も認知されていれば嫡出子と同じ権利がある。一方、血のつながりはなくても、子連れで再婚したときなどに相手の子と養子縁組すれば相続人になる。
満 遺産はどう分けるの?
幸子 順位ごとに法定相続分が決まっていて、配偶者がいて子がいないときは配偶者が3分の2、第2順位の父母らが3分の1を均等に分ける。父母らもいないときには配偶者が4分の3、第3順位の兄弟姉妹らが4分の1を相続する。
満 今見てるドラマのように相続人に悪い人がいる場合も?
幸子 法定相続人でも、もし被相続人を殺したり、自分に有利な遺言を偽造したりすると「欠格」といって権利を失う。被相続人への虐待や非行があれば、被相続人が裁判所に「廃除」の請求をして相続人から外せる。あと、逆に相続人の方から権利を放棄することも可能よ。借金がたくさん残っているような場合ね。相続を知った日から 3カ月以内に家庭裁判所で手続きする必要がある。
良男 親族でも関わり方に濃淡があると思うけど、割合は守らなくてはいけないのかな。
幸子 被相続人が遺言で指定できるし、相続人同士が話し合う協議分割でも決められる。例えば、複数いる子のうち、家業を手伝い親の財産を増やしたり、要介護の親をつきっきりで在宅介護したりした人には「寄与分」が認められることがある。反対に親から生前、住宅の取得資金など他の兄弟よりも多く援助してもらったような場合は、「特別受益」があったとして相続分から差し引かれる。
良男 お世話した分、多くもらいたいと思うのが人情だよな。
幸子 そうね。2019年には、義理の親を介護した長男の嫁など相続人以外の親族にも寄与分を認める「特別寄与料」の制度もできたのよ。
良男 親族の話し合いでまとまるといいな。
幸子 実際は難しいこともあり、裁判所に持ち込まれる遺産分割の事件数は増加傾向にある。司法統計によると 19年度に全国の家庭裁判所が新規に受けた遺産相続や寄与分に関連する調停件数は約1万4400件と、20年前に比べて 6割も増えたの。弁護士の小堀球美子さんは「長男が引き継ぐといった観念が薄れ、家族が離れて暮らすようになって、それぞれが権利を主張するようになったことなどが背景」と話していた。
満 富豪ほど相続争いは起きやすいのかな。
幸子 必ずしも財産が多いわけではなくて、19年度は遺産価額が 1000万円以下の事件の割合が 34%、5000万円以下も含めると 77%を占めた。小堀さんによると、もめやすいのは相続財産が不動産のケース。現預金に比べて分けるのが難しく、特に親と同居する子がいる場合に意見が対立しがちだそうよ。被相続人と同居する家族が預貯金を使い込んでいたと相談してくることも多いみたい。
良男 相続分が決まらなくても相続税は払うんだよな。
幸子 納付期限は、亡くなったことを知った日の翌日から 10カ月以内。それまでにはまとめたいところだけど、もめ出すと 2~3年かかることも多いそう。法定相続分の税金をひとまず払い、決定後に改めて申告することになる。
良男 親族でそんなに長期間もめるなんて嫌だな。
幸子 遺言を残しておくことが対策の一つになるけれど、まだ少ないのが実情。もともと兄弟仲が悪かったり、親の愛情のかけ方に不満があったりすると、遺言があってももめるそうよ。最大の相続対策は財産を残さないことなんて言われるゆえんね。
相続関連の案件ではおおむね、遺産や相続人調査に 3~6カ月、相続人の間の交渉に 4~10カ月、家裁での調停になると 1年~1年半、裁判官が判断を下す審判では4~6カ月程度の時間がかかります。 遺産に占める現預金や有価証券の比率が高いと話はまとまりやすいですが、遺産の大半が不動産の場合は誰がもらうか、売るか売らないかで対立が長引きます。 相続税対策として、評価額を下げるために資産を不動産に変えることはよくありますが、それが争いの火種となることもあります。
生前贈与(特別受益)に差があるときも、もめる要因となります。 もらった人は当然と思いがちで必要な証拠を出したがりません。 遺産配分にあたり、被相続人との愛情の深さを主張しても、裁判所の手続きでは判断材料にならないのが現実です。