Nikkei Online, 2021年3月1日 2:00
「相続人同士がもめて、遺産分けの話し合いが長引く例が増えている」。司法書士の船橋幹男氏はこう話す。特に目立つのが、相続人のなかに亡くなった人から生前に財産をもらった人がいたり、亡くなった人の介護を一手に担ったりした人がいる場合だ。財産の分け方が不公平だとして対立し、話し合いを始めて10年が過ぎても折り合わないケースがあるという。
相続では被相続人が亡くなると、相続人の間で「だれが、どの財産を、どれだけ引き継ぐか」を決める必要がある。亡くなった人が遺言で分け方を指定していれば、原則として遺言の内容に沿って遺産を分ける。遺言がない場合は相続人が話し合う「遺産分割協議」で分け方を決める。
分ける際は民法で定めた「法定相続割合」が目安になる。例えば相続人が配偶者と子1人なら、ともに2分の1ずつ。配偶者と子2人なら配偶者が2分の1、子は4分の1ずつに分ける。法定相続分で分けても構わないし、相続人全員が合意すれば法定相続分通りに分割しなくてもいい。
分割協議で注意が必要なのが特別受益や寄与分。特別受益は住宅取得資金、結婚費用、大学の入学金などの生前贈与が代表的な例だ。寄与分は亡くなった人の療養看護や介護などで多大な貢献をした場合に認められる。特別受益や寄与分を含めて分ければより公平になるが、「協議に時間がかかったり、対立が深刻になったりしかねない」と船橋氏は指摘する。
まず特別受益があったかどうか、金額がいくらだったかを確認することが難しい。贈与した親はすでに亡くなり、子は贈与を受けたこと自体を認めない例が少なくないからだ。寄与分は「介護などをした子は貢献分の金額を多めに見積もって主張する一方、ほかの相続人は受け入れを渋りがち」と弁護士の上柳敏郎氏は話す。
分割協議が長びくと、亡くなった人の家・土地は長年にわたって放置されやすい。全国で所有者不明の土地が増えているため、政府は3月に民法などの改正法案を国会に提出する方針。民法では遺産分割規定を見直し、相続開始から10年を過ぎると特別受益や寄与分を考慮せず、原則として法定相続割合で分けるようにする。
法改正の主な目的は所有者不明土地の抑制だが「法定相続割合による遺産分割が不公平になりかねないケースは少なくない」(司法書士の三河尻和夫氏)との見方は多い。では特別受益や寄与分が理由で相続がもめそうな場合はどうすればいいのだろうか。
一案が家庭裁判所を利用すること。家裁は各相続人の主張を聞き、調停案を示す。図Bは夫が亡くなり、死亡時の相続財産5000万円を妻と長男、長女で分けるケースを示した。長男は父から生前に1000万円の贈与を受け、長女は父の介護で多大な貢献をしたため寄与分300万円がある。
単純に法定相続割合で分けると、妻の相続額は2500万円、長男と長女は1250万円ずつになる。しかし長男は特別受益との合計で2250万円になるのに対し、長女は寄与分があるのに1250万円しか受け取れない。
そこで特別受益と寄与分を考慮するとどうなるか。まず死亡時の相続財産に特別受益を加算してから寄与分を差し引き、計算上の修正相続財産額を出す。それを法定相続割合で分け、長男は特別受益を引いて425万円、長女は寄与分を加算して1725万円とする。生前贈与や介護の貢献度を考慮しているため、法定相続割合による分割に比べ公平といえる。
最高裁判所の集計によると、遺産分割調停が成立するまでの期間は「6カ月超~1年以内」「1年超~2年以内」の合計で全体の6割強を占める。分割協議の長期化を避けるうえでも調停の利用は選択肢になりそうだ。
家裁の調停は公平性が期待できる半面、調停後も相続人の間で感情的なしこりが残る可能性もある。遺産争いを防ぐのに有効とされるのが被相続人が遺言を残すこと。「だれに、何を、どれだけ」相続させるかを明確に書き、生前贈与や介護などにも目配りをすることが大切だ。必ずしも平等に分けたり法定相続割合に従ったりしなくても構わない。ただし遺族が最低限受け取れる割合を法律で定めた「遺留分」には注意が必要だ。
遺言の作成件数は年々増えているが、年間死亡者数の約1割にとどまる。「遺産分割がもめそうなら、被相続人の生前は遺言、死亡後は家裁の利用を含めて早めに対策を考えたい」と上柳氏は助言している。
(後藤直久)