コマツ特別顧問 野路國夫(29)DX

ソフトウエア優位の時代 失敗とがめず奨励する社会に

Source: Nikkei Online, 2022年4月30日 2:00 「私の履歴書」

最後に製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)について私見を述べたい。コマツは車両の状態を遠隔監視する「コムトラックス」を2001年に標準装備したのをはじめ、国内製造業のDXで先頭を走る会社のひとつだと思う。

支えてくれた妻とゴルフ

私の社長時代もブルドーザーを自動制御し、未熟練のオペレーターでも図面通りに仕上げられるICT(情報通信技術)建機の開発に取り組んだ。このときは人員が足りないという開発部門に対して「他の課題を後回しにして売上高が多少減ってもいいから、ICT化を優先せよ」と指示。15人の専属チームを編成し、実用化を加速させた。

デジタル技術はしばしばディスラプティブイノベーション(破壊的技術革新)をもたらす。思いもよらない新たなプレーヤーや技術が登場し、コマツのような既存の企業から市場を奪っていくのだ。

これに対抗するには私たちも戦略的にイノベーションを起こすしかない。それには経営者が「顧客に新しい価値を提供し社会課題を解決する」と明確にメッセージを出すことが重要だ。従来の計画に縛られる現場に対して、「優先順位を変えろ」と決断する先見性と度胸も要る。

こうしたデジタル化の進展で、いわゆる産業ピラミッドは徐々に解体し、それぞれの領域で強みを発揮する企業が対等な立場でつながるレイヤー構造が生まれるだろう。ハードウエアの価値がゼロになることはないが、ソフトウエア・ファーストの時代が到来し、ビジネスの形や顧客との関係性も大きく変わる。

13年に導入したICT建機に続いて、大橋徹二会長と小川啓之社長が力を入れるのが、スマートコンストラクションだ。これまでコマツと顧客との接点は車両の販売や保守管理に限られていたが、その関係をDXをテコに、より多面的にする取り組みだ。

スマコンではまずドローンを飛ばして、工事現場を3次元測量する。それと完成図面を照合し、工事量や排出される土の量を算出。その上で建機や作業する人、さらに土を運び出すダンプカーの所要数をはじき出し、最も効率的な工程表を策定するのだ。

これが人手不足やDXに悩む中小の建設会社には大いに受けた。今では道路や河川など全国の約1万9000の工事現場で使われ、米国など海外でも展開している。

従来の点のつながりと異なり、測量から日々の工事のサポートまで顧客とコマツの結びつきも強まった。低いとされる建設産業の生産性向上にも寄与する。コムトラックスに端を発した当社のDXの系譜は今に至るも脈々と続いているのだ。

変革の時代に欠かせないのは、コマツ創業者の竹内明太郎が掲げた「人材の育成」であり、ハードルが高くとも若い人たちが失敗を恐れずチャレンジできる舞台を経営者が用意し続けることだ。人材育成の伝統はコマツでは継承されているが、日本全国を見渡すと疑問も残る。

郷里福井の高校に招かれて教壇に立ち、「失敗するのは良いこと」と言うと、多くの生徒は驚くが、それくらい今は「失敗してはいけない」という風潮が強まっていると感じる。失敗を咎(とが)めずそれを奨励する社会が到来し、チャレンジ精神にあふれる人材が次々に現れる。そんな日本の未来を願ってやまない。

最後に私の人生を支えてくれた妻の陽子に謝辞を申し述べて、筆を置く。

=おわり

野路國夫(コマツ特別顧問)

建設機械では世界二大メーカーのうちの一つ、コマツの野路國夫特別顧問は1969年に入社し、最初に配属されたのは建機の試作機を運転して耐久性などを確認する実験部でした。一日中、泥や砂ぼこりにまみれてブルドーザーなどを動かす毎日、若き野路さんはどのようにして自分の進路を切りひらいていったのでしょうか。2007~13年の社長時代にはリーマン・ショックや東日本大震災、超円高など過去に例の無い試練に再三見舞われます。どのようにしてコマツを世界的な優良企業に導いたのか、企業の危機管理という面からも読みどころ満載の連載です。