「ヨタ」時代のトヨタ車とは 三河港で考えた 2050年

Source: Nikkei Online, 2022年5月02日 10:00

トヨタ自動車田原工場の専用埠頭に接岸した
自動車運搬船(愛知県田原市)

東海道新幹線の豊橋駅からタクシーで南西に30分走る。大型トラックが行き交う全長約2キロメートルの「三河港大橋」のたもとで降り、強い横風の中を橋のほぼ中央まで歩くと、北の方角に見えてくるのはトヨタ自動車と独フォルクスワーゲン(VW)の専用埠頭だ。

港湾当局に聞くと、両埠頭を一望できるのはここだけ。両岸沿いに向かい合って整備され、愛知県田原市(向かって左)側はトヨタが田原工場で生産した高級車「レクサス」を北米に向けて輸出している。

対岸の豊橋市(右)側は、VWが欧州などで船積みした輸入車の陸揚げ基地だ。埠頭は関係者以外立ち入り禁止の区域だが、世界で覇権を競う2社がこんな形でにらみ合い、火花を散らす様子は遠景であっても一見の価値がある。

三河港は自動車の輸出台数で名古屋港に次いで全国2位だ。輸入する車の台数では日本最大の港である。だが、これからの15~30年で、その風景も役割も大きく変わる可能性がある。

EV化で「地産地消」が加速

まず船上の車だ。今はトヨタもVWも内燃機関で動く車が大半だが、トヨタは2030年までに年間約1000万台の世界販売のうち350万台を電気自動車(EV)にし、レクサス車については35年までにすべてEVに切り替えるとしている。VWは30年までに全体の半分をEVにする計画だ。

もっと先を見渡せば、自動車輸出そのものが節目を迎える。みずほ銀行産業調査部が4月に発表した報告書「2050年の日本産業を考える」によれば、国内の乗用車生産は同年に19年(832万台)から最大7割も減る可能性がある。前提が2通りあり、リスクシナリオでは「乗用車輸出がゼロになる(19年は356万台)」というから、驚きだ。

1ドル=130円台に届く円安が続いても、車生産の国内回帰は起きない。むしろ大きく減るのが長期のトレンドである。理由の一つはEVが「地産地消」になじみやすいからだ。内燃機関の化石燃料に相当するリチウムイオン電池は、輸送の際に発火のリスクがある。電池の生産がそもそも地産地消型にならざるを得ず、車の組み立てもそれに準じる。

もう一つは電源構成だ。化石燃料を焚(た)く発電量が4分の3を超えている日本では、輸出しようにもEVや電池の国際競争力を高めるのが難しい。

一方で、日本は人口減少が加速するから、新車販売も縮小に向かう。自動車メーカーは地球規模で事業規模を拡大できるとしても、国内では早急な経営の構造転換が避けられない。重要なのは「自動車生産や販売に依存しないビジネスモデル」であり、ソフトウエアやサービス事業への重心移動だ。具体的には車をスマートフォン産業のようにハードウエアを超えた境地で稼ぐ商品に変えていく、ということだろう。

巨大なデータを生む存在に

プジョー、フィアットなどのブランドを持つ欧州のメーカー、ステランティスは30年の売上高が21年の2倍になると予想している。そのうち完成車販売は全体の4分の3で、残りはソフト販売やデータビジネス、移動サービスを見込む。特にソフトの売上高は2兆8千億円にもなる。

50年になれば「車販売以外」が半分を超える可能性もあるだろう。スマホの場合はインターネットを大衆化し、巨大なデータを生んで新しいサービス産業を創出する効果をもたらした。今後は車もそうなっていく。

欧州のストランティスはソフトウエア販売などで稼ぐ
将来像を持つ(イタリアの製造拠点)=ロイター

振り返ってみよう。地球上のコンピューターから生成されるデータの量は11年に初めて1ゼタバイト(ゼタは1兆の10億倍)を突破した。米アップルが07年に発売したスマホ「iPhone」がけん引役だった。1ゼタバイトといえば、日本経済新聞に換算して6千億年分以上の情報量だ。

データはその後、スマホの普及に合わせて毎年46%程度の複利で増え続け、20年までの10年間で44ゼタバイトに拡大した。グラフにすれば、直線的でなく、幾何級数的な成長曲線になる。

成長ペースが35%程度の複利に落ちても、33年には単位がゼタの1000倍を意味する1ヨタバイトを突破する。30%の複利でも36年にはヨタの大台だ。

ヨタ時代の担い手になれるか

日本の自動車大手が本格的にEVを売り出すのは25年ごろとされ、33~36年はレクサス車がEVに置き換わる時期でもある。そのころにはスマホが眼鏡やコンタクトレンズ型に進化を遂げているだろうが、一方で電動化や運転の自動化が進む車も巨大なデータの発生源になっている。

コンピューターの世界ではゼタを超えて以降、人工知能(AI)の進化が加速したとされる。車もその世界に組み込まれ、ヨタ時代の担い手になるなら、コンピューティング技術に新たな質的変化を起こす可能性がある。歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏の言う「人間の脳のハッキング(数値化やデータ化)」が実用化され、それを車にアップロードする。そんな時代が来ているかもしれない。

テスラの株式時価総額が膨らんだ最大の要因は、同社の車がiPhoneと同様に、データ量を飛躍的に増やすコンピューターとみなされたからだ。今後はトヨタも他のメーカーも皆、コンピューター産業の担い手にならざるを得ない。生産や販売の供給網も重要だが、付加価値を生む「価値の網(バリューチェーン)」がより重要になることは間違いない。