キヤノン、有機ELテレビに新素材
希少金属使わず脱中国

Source: Nikkei Online, 2023年5月26日 18:00

量子ドットは様々な色を鮮やかに表現できる

キヤノンはレアメタル(希少金属)を使わない有機ELパネル素材を開発した。都市鉱山のリサイクル原料から調達しやすい鉛を使っており、2020年代半ばに量産技術を確立するとみられる。中国など一部の国に産出地が偏るレアメタルを使わないことで、地政学リスクに影響されずに安定生産が可能になる。

新素材は「量子ドット(QD)」と呼ばれる直径ナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズの小さな半導体微粒子。光を照射したり電流を注入したりすると、色鮮やかに発光し、すでに有機ELテレビの高級機種などで使われている。

韓国のサムスン電子がこの素材を量産化しているが、希少金属の化合物であるリン化インジウムを使っている。インジウムは産出量が極めて少なく、産出地の過半が中国だ。独調査会社スタティスタによると、22年の世界のインジウム生産量のうち59%の530トンを中国が占める。世界各国が資源を囲い込み、レアメタルを多く使うデジタル機器や電気自動車(EV)の材料調達リスクが高まっている。

ソニーは22年に初の量子ドット技術の有機ELテレビ「XRJ-65A95K」を発売した

キヤノンはインジウムの代替として化合物の一部に鉛を使う。代替素材を使った量子ドットはインジウムに比べて耐久性に難があったが、事務機事業のトナーやインクなどのノウハウを生かした配合の制御技術でインジウムと並ぶ耐久性を確保した。

鉛は再利用しやすく、「リサイクルの優等生」と呼ばれる。国産の鉛の約7割が自動車の使用済みバッテリー(蓄電池)などリサイクル由来だ。レアメタルを使わないため材料費も安くなる。サムスンなどが量産する量子ドット材料より、材料コストを最大で100分の1程度に抑えられる見通しだ。

赤、青、緑の3原色を表現するカラーフィルターを使う現在の一般的な有機ELテレビに対して、量子ドットをインク状にしてガラスに印刷した有機ELテレビは光を照射すると赤や緑を明るくむら無く発色する。消費電力は従来の3分の1程度に減る。

量子ドットを使ったテレビはサムスンのほか、ソニーグループ、中国・家電大手のTCL科技集団やシャープなども手掛ける。量子ドット搭載の有機ELテレビはメーカー大手の国内想定価格が55型で47万円で、通常の有機ELより10万円、液晶テレビより30万円高い。割安な新素材が広がれば高級機種の価格を下げる効果も期待できる。


調査会社のグローバルインフォメーションは、世界の量子ドットの市場規模が27年に21年比4.1倍の211億ドル(約2兆9500億円)に増えると見込んでいる。また、英調査会社オムディアによると、量子ドットを搭載したテレビは25年に2200万台と18年から8.1倍に増えてテレビ市場全体の約8%を占める見通しだ。

キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長最高経営責任者(CEO)は医療や監視カメラ、産業機器に次ぐ新たな成長の柱として材料事業を立ち上げる方針を示していた。