Apple、世界を変えた革新の製品群
経済圏は156兆円


Source: Nikkei Online, 2023年6月5日 5:00

アップルのスティーブ・ジョブズ前CEO(左)から
経営のバトンを受け取ったティム・クックCEOは、巨大経済圏をつくり上げた

アップルの年次開発者会議「WWDC」が日本時間6日未明に始まる。近年噂されてきた新型のゴーグル型端末が発表されるとの観測が海外主要メディアで相次ぎ報じられている。予想通りとなれば、「AppleWatch(アップルウオッチ)」の発表以来、約9年ぶりの大型新製品となる。

「One more thing……(それから、もうひとつ)」。とっておきの製品を見せるときにスティーブ・ジョブズ氏が使った決めぜりふが、ティム・クック最高経営責任者(CEO)の口から発せられることへ期待は高まっている。アップルは「Mac」「iPod」「iPhone」など人々の生活を変える革新的な製品を多く生み出してきた。新端末はその系譜を継げるのか――。歴代製品を振り返る。


初代「Macintosh(Mac)」

1984年1月24日、米カリフォルニア州で開かれたアップルの株主総会でジョブズ氏が大きなバッグから取り出して披露したのが初代Mac「Macintosh 128K」だった。

初代Macは重さ約7.7キログラムで持ち運びもできるコンパクトさをアピールした。ジョブズ氏はこの頃からプレゼンターとしての才能をみせていた。Macが合成言語で、人間のようにこう語りかけて会場を沸かせた。「持ち上げられないコンピューターを絶対に信頼するな」。当時主流だったIBMのメインフレーム機を皮肉る言葉だった。

Macの最大の特徴はマウス操作でデスクトップ上のカーソルを動かし、クリック操作する仕組みを導入した点だ。それまでキーボードで命令文を打って動かしていたコンピューターは一部の業界人しか扱えない存在だった。

誰でも簡単に操作できるようにコンピューターを「民主化」した。画期的な操作性やコンパクトさ、シンプルなデザインなどはその後のiPodやiPhoneに連なるアップルの革新の源流ともいえる。



携帯音楽プレーヤー「iPod」

2001年発売の携帯音楽プレーヤー「iPod」は音楽の聴き方や音楽業界のあり方を劇的に変えた。パソコンと接続してコンテンツ配信サービス「iTunes」にある無数の音楽ライブラリごと入れて持ち運べる点や、ドーナツ状のパネルを触って操作する方法が画期的だった。

それまで携帯音楽プレーヤーの代表格だったソニーの「ウォークマン」はカセットやCD、MDなどのメディアを持ち運ぶものだった。iPodの登場後、CDやMDなどは音楽市場の主役の座から一気に追われることとなる。

テクノロジーの進化とともに音楽プレーヤーの盛衰は続く。スマートフォンの普及と高速通信化によって、現在では「スポティファイ」や「アマゾンミュージック」のようなインターネット経由でのストリーミングサービスが音楽視聴の中心になった。アップルも22年にiPodの販売終了を発表した。



電話を再発明したスマホ「iPhone」

07年発売のスマホ「iPhone」は、これまでに推定24億台が出荷され、最も大きく世界を変えたアップル製品だ。画面をタッチ操作できる使い勝手の良さとデザイン性、アプリやカメラを中心にした機能性でスマホの普及を先導した。人々はネットを通じて様々な別世界と常時つながれるようになった。

例えば、代表的なSNS「フェイスブック」は月間利用者が30億人に迫る。「ユーチューブ」で動画視聴を楽しんだり、「アマゾン」で買い物をしたり、アプリを通じたサービス利用が当たり前になった。アップルによると、アプリを通じたモノやサービスの取引額は22年に1兆1230億ドル(約156兆円)と21年から29%増えた。



一方、スマホに押されて市場がディスラプト(破壊)された製品も多い。電子情報技術産業協会(JEITA)によると、従来型の携帯電話「ガラケー」の出荷は22年度に223万台と、iPhone発売の07年度から96%減少した。デジタルカメラの出荷台数もピークから93%減った。ネット通販や決済などキャッシュレス化にもスマホは貢献しており、日本の22年の硬貨発行数は7億2734万枚と、07年より38%少なかった。



スマホとパソコンの間の第3のコンピューター「iPad」

iPhoneから3年遅れて発売したのがタブレット「iPad」だ。動画や電子書籍といったコンテンツを楽しみやすい9.7インチの大画面が人気を呼んだ。スマホとノートパソコンの間を埋める存在として、新しい需要を開拓した。

iPadはその後、軽量の「エア」、小型の「ミニ」、高機能の「プロ」など多様な機種を展開した。アップルはタブレットで今も世界市場の4割を握る。一方、iPhoneに比べると市場創出のインパクトは小さい。世界のタブレット市場は13年の2億3000万台をピークに、足元では3割近く縮小している。


iPadを披露するアップルのジョブズ前CEO(2010年1月)ロイター

スマートウオッチ「AppleWatch(アップルウオッチ)」

11年、アップルに大きな転機が訪れる。カリスマだったジョブズ氏が死去し、現CEOのクック氏にバトンが引き継がれた。クック氏は就任以来、iPhoneを中心にハード・ソフト両面で企業価値を高めてきた。22年9月期の売上高は3943億ドルと、ジョブズ氏が亡くなる直前の11年9月期の3.6倍になった。直近の時価総額は就任時のおよそ8倍の2兆8000億ドルと、世界一の座を維持する。

14年、クック氏はスマートウオッチ「アップルウオッチ」を発表した。センサーを通じて心拍数を測ったり、睡眠状態を分析したりするなど「着けるヘルスケア用品」として広がった。高級ブランドが専用バンドを作るなど、ファッション要素も高めた。一方、電池の持続時間や操作性など、小型ゆえの使い勝手の課題も多く、iPhoneに比べて普及は一部にとどまる。



「XR端末」が登場となれば、約9年ぶりの大型新製品

ジョブズ氏が生んだ革新的な製品群は、ゼロから1を生み出したように見えて、実は既存のテクノロジーをうまく組み合わせて作られたものが多い。いわば「かけ算の経営」だ。

クック氏は発明家というより部品供給網などを担当してきた実務家だ。iPodやiPhoneを出したジョブズ氏に比べると、「革新的な新製品がない」と批判されることも少なくない。iPhoneの高機能版やアップルウオッチのようなiPhoneと連携できる製品を加え、ジョブズ氏が築いた製品基盤をより強くする「足し算の経営」で、アップルの企業価値を大幅に高めた。

足元では世界のスマホ市場は鈍化し、アップルの経営はiPhoneに代わるけん引役を育てる局面に入っている。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などXR技術を用いたゴーグル型端末は、次世代機器として期待度は高い。米メタやソニーグループなどの先行者が大きな成功を収めているとは言い難く、アップルでも難路が予想される。

クック氏は5月、CEOとしての在任期間がジョブズ氏を超えた(暫定期間を除く)。円熟味が増すクック氏がどのようにアップルをかじ取りするか。6日未明の発表会は、先行きを分析するには格好の材料となる。




(伴正春、古川慶一、前田悠太 グラフィックス 佐藤季司、幅野由子)

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