御社はまだJTC?
 昭和型から転生、抜てきが成長スイッチ

昭和99年 ニッポン反転(3)

Source: Nikkei Online, 2024年1月4日 9:28更新

「失敗カンファレンス」。NTTが一風変わった社内イベントを始めた。グループ社員が次々に登壇し、しくじりを明かし合う。2023年3月と11月に開催し、オンラインを含め計2千人が参加。「八方ふさがり、妙案なし」「何も事態が好転しない……」。登壇者の"失敗自慢"に会場が沸いた。

イベントを発案したのは島田明社長。「実は一番やりたかったこと」とニヤリと笑って答えた。失敗を恐れ、挑戦を避ける社内の空気を変えたい。そんな思いを込めた。

23年12月、取材に応じたNTTの島田明社長(東京・千代田)

1989年に時価総額世界1位となったNTT。だが現在は100位圏外に沈む。低迷は「官僚より官僚的」とされた人事制度と無縁ではない。

「最早組(さいそうぐみ)」。同期で最も出世が早い社員はこう呼ばれ、早ければ30代半ばで課長に昇進する。だが脱落すると挽回は難しい。硬直的な制度は社員の意欲低下を招き、若手が流出する一因とされた。

危機感を持った経営陣が踏み切ったのが「民営化以来最大」の人事改革だ。脱年功序列を掲げ、23年4月に2〜3年とされた等級ごとの在任年数を撤廃し、20代の課長抜てきも可能になった。失敗から学ぶカンファレンスもその一環だ。島田社長は「新しい価値を生み出す、はじけた社員が出てきてほしい」と話す。

JTC(Japanese Traditional Company)。SNS上には、古い慣習が残る日本企業を「日本(J)の伝統的(T)な企業(C)」の頭文字をとって揶揄(やゆ)する造語があふれる。X(旧ツイッター)のJTC関連の投稿数を調べたところ、直近1年間で24万件を超えた。


戦後の高度成長を支えた年功序列や終身雇用。だが経済の低迷が続く中、「出世の階段を外れることを恐れ、無意識に責任逃れや失敗の回避を優先する企業文化を生み出した」。元グーグル組織開発責任者、ピョートル・グジバチ氏は語る。

23年12月、ダイハツ工業の第三者委員会が試験不正に関する報告書で指摘したのも、硬直的な企業風土が生んだ不正の連鎖だった。

「『失敗してもいいからチャレンジしよ』でスタートしても、失敗したら怒られる」「『できない』が言えない雰囲気」。記載された社員の訴えには「身に覚えがありすぎて笑えん」「涙無しに読めない」とネット上で共感の声が相次いだ。

米調査会社ギャラップによると、日本の会社員の「熱意」は世界最低水準にある。22年は5%で145カ国中の最下位。「低体温」と比例するように、22年の日本の時間あたり労働生産性は経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中30位に沈む。


JTCは変われるのか。取材を進めると「もう変わり始めている」と語る専門家に出会った。「働きがいのある会社ランキング」を公表する機関、GPTWジャパン(東京・港)の荒川陽子代表。630社以上が参加するランキングの上位企業には「一つ一つの仕事の意味を明確にする」「職場に連帯感がある」といった共通点があるという。

ただ大前提として必要なのは「経営者の熱意」と荒川代表は強調する。働きがいのある職場をつくる起点であり、管理職に火をつけることが重要な責務だと語った。

NTTでは人事改革後、23年は一般社員の1割(564人)、管理職の2割(252人)が、以前の制度ではなかった「抜てき」を受けた。

23年10月、IT(情報技術)分野の専門性を評価され、昇格したNTT東日本課長の白鳥翔太さん(39)は小さな変化を感じている。面談で「次の職位に進むには何が足りませんか」と聞いてくる若手が増えた。白鳥さんも「NTTの白鳥ではなく、白鳥がいるNTTと言われるようになりたい」と意気込む。

1月4日、多くの企業が仕事始めの日を迎えた。年明けの日本を襲ったニュースに悲しみや無力感を抱きながら、それでも、家の玄関で、通勤中の駅のホームで、「負けるもんか」と胸をたたく人たちがいる。折れない心がある。働きがいを磨け。そして若手にチャンスを。

〈あのとき〉1986年、男女雇用機会均等法施行 第1世代は定年に

1986年4月、男女雇用機会均等法が施行された。事業主が採用や配置、昇進、定年などに関する措置をするうえで「性別を理由にした差別の禁止」などが定められた。女性の社会進出が進む契機となり、多くの企業で「女性初の総合職」が誕生した。

男女雇用機会均等法施行後初の入社式(1986年4月、中部電力本社)

2023年12月に60歳の還暦を迎えられた皇后さまも、1987年に外務省に入省した均等法第1世代だ。85年リリースの松任谷由実さんの「メトロポリスの片隅で」は、恋人に別れを告げ、涙も見せずに通勤電車で都心の高層ビルを目指す働く女性を描いた。

バブル景気直前の日本で、女性が男性と同じようにバリバリ働く時代の到来を予感する人も多かった。

だが職場の男女格差は40年近くたった今でも解消されていない。内閣府の女性活躍に関する基礎データによると、21年の管理職の女性比率は13.2%にとどまる。23年11月の総務省の労働力調査では、働く女性3083万人のうち、非正規雇用が1473万人を占めた。3696万人のうち非正規雇用が685万人の男性とは大きな差がある。

日本企業は待遇の格差解消を急ぐ必要がある。

24年春は第1世代の大卒女性が60歳の定年を迎える。経済協力開発機構(OECD)によると、日本の男女の賃金格差は22年で21.3%。OECD平均の2倍の水準だ。賃金格差は定年後の生活にも大きな影響を与えかねない。社会進出のロールモデルとなった第1世代は、セカンドキャリアをどう描くかという新たな課題と向き合うことになる。