Source: Nikkei Online, 2024年1月5日 5:00
「ドラゴンボール」が誕生40周年の節目となる2024年、完全新作のアニメとしてよみがえる。不惑になった孫悟空が復活宣言の地に迷いなく選んだのは「母国」日本ではなく、米国だった。
プロデューサーを務めるカプセルコーポレーション・トーキョー(東京・千代田)の伊能昭夫社長が孫悟空の道着に身を包み、23年10月、ニューヨークの世界最大級のポップカルチャーの祭典「コミコン」で新作を発表すると、3000人のファンが歓声を上げた。
かつてアニメの海外展開は「おまけ」のような扱いを受けてきた。漫画の原作は単行本になり、ヒットして日本でアニメ化されるまでが王道とされた。伊能氏は「海外は後からついてくるものだった」という。
ドラゴンボールのアニメが海外に1本1千ドル程度でたたき売られた時期もあった。「今では国内と海外を分け隔てなくし、作品を世界に広げる発想だ」(伊能氏)
海外展開が見向きもされなかったのは、巨大な国内市場があってこそ。ドラゴンボールの人気が爆発した「週刊少年ジャンプ」は1994年末に653万部と過去最高の発行部数に達した後、2023年には約120万部に減った。
PwCによると、27年にかけ世界のコンテンツ市場が年率約4%の成長を見込むなか、日本は53カ国・地域中49位の2%にとどまる。
映像配信サービスが隆盛し、コンテンツ市場は一変した。世界の10億人以上の視聴者が場所と時間を選ばずに作品を消費する。市場に限界がある日本を孫悟空のように飛び出し、地球を見渡して戦わなければ、天下一を取れない。
米国は日本のアニメの潜在力に着目し、巨費を投じて買いあさっている。米ネットフリックスが23年10月に配信を始めた浦沢直樹氏原作のアニメ「PLUTO」の予算は、1話3億円超と従来の4〜5倍。制作したジェンコ(東京・港)の真木太郎社長は「ネットフリックスから最高ランクの予算で制作を促された」という。
日本は市場が大きく安定していたゆえ、低リスク志向の独自モデルが発展した。関係企業が作品の権利を分け合い費用を負担する製作委員会方式だ。民法上意思決定には全会一致が必要。損失を抑えられるが、長期目線で作品を育てる「仕掛け人」は生まれにくい。
海外の巨大配信会社が日本のアニメ制作を主導する流れはもろ手を挙げて喜べない。収入が制作費のみに限定され、関連商品など2次展開が制限される事例もある。日本の22年の著作権関連の国際収支は、赤字が1.5兆円に膨らんだ。自前で世界で売れる作品をつくれなければ、コンテンツ産業の育成で「植民地」となりかねない。
日本の作品が評価される今こそ、プロデュース力で勝負するチャンスだ。
手塚治虫や藤子不二雄など昭和のマンガの巨匠たちを生んだアパート「トキワ荘」の令和版を創る試みが始まった。新たな伝説を目指し、世界各地から漫画家の卵たちが集う施設が熊本にある。
少年ジャンプ出身の編集者が設立したコアミックス(東京都武蔵野市)が運営し、イタリア人編集者がオーストラリアやフィンランドなどから来日した若者と日々英語で構想を練る。
熊本コアミックスの持田修一社長は「海外の漫画家が日本で学べば、決して我々が生み出せない作品を描ける」と話す。日本の知見と世界の感性を融合し、新たなうねりを起こす。
ヒューマンメディア(東京・港)によると、日本発コンテンツの海外市場は22年に4.7兆円と12年の3倍に急成長し、半導体に迫る。経団連は33年に海外市場を自動車に匹敵する最大20兆円にする計画を掲げた。託されたのは次代の基幹産業への飛躍だ。
日本人の中核世代の多くは、強力な敵に会うたびに限界を突破し、強くたくましくなった孫悟空を見て育った。難局に直面した際に繰り出す孫悟空の名ゼリフがある。「オラ、ワクワクすっぞ」。失敗を恐れず逆境を楽しみ、世界に挑もう。
【ドラゴンボールプロデューサーの伊能氏の関連インタビュー】
日本が国策としてコンテンツ分野の強化に本腰を入れ始めたのは2000年代に入ってからだ。基幹産業の製造業の衰退が中国や韓国勢の台頭で表面化し始めたタイミングでもあった。
政府は03年に知的財産戦略本部を設け、04年にまとめたコンテンツビジネス振興政策で「コンテンツビジネス振興を国家戦略の柱とする」と明記した。
戦略では「業界の近代化・合理化の支援」など10項目の改革案を列挙し、経済産業省や文部科学省などが産業振興策を講じてきた。10年には経産省が「クール・ジャパン海外戦略室」を立ち上げ、海外展開も進めた。
政策効果には疑問が残る。13年設立の官民ファンド、海外需要開拓支援(クールジャパン)機構では累積損失が生じた。クールジャパン戦略は看板倒れに終わった。
23年4月に経団連がまとめたコンテンツ政策を巡る提言では「戦略的・一元的な取り組みは不十分だった。 人に資金が向かわず当初期待された役割を十分果たせなかった」と総括した。
経団連は政府に司令塔となる組織を設け、人への投資を念頭にクリエーター支援を求めた。日本の知財政策に携わってきた情報経営イノベーション専門職大学の中村伊知哉学長は「目標を裏付ける措置がなく、政策評価がしにくい」と話す。
官民連携のコンテンツ輸出で日本に先行する韓国は、23年11月に「映像産業跳躍戦略」をまとめた。映像コンテンツを国家戦略産業に育て「27年にコンテンツ大国トップ4入り」を打ち出した。
09年に文化産業関連機関を統合し「韓国コンテンツ振興院」を設け、音楽や映画、漫画などコンテンツ産業の海外展開に成果をあげてきた。21年のコンテンツ貿易収支は112億ドルの黒字を確保している。
民間でもK-POPに代表されるように世界にコンテンツを売る仕組みを磨いている。メンバー選抜から育成、市場マーケティングまでを体系化し、拡大再生産できるビジネスモデルを確立した。政策とビジネスの両輪を回す韓国の手法を日本も学ぶ必要がある。