AI研究、米国1強の実相 
主力人材は中国の大学卒


Source: Nikkei Online, 2025年2月6日 8:00

人工知能(AI)研究で世界をけん引する米国は、関連技術や製品の開発で中国と対立を深めている。だが実は米国の研究力を支える黒子は、当の中国だった――。米シンクタンクの分析によると、米国の企業や研究機関に在籍する優れたAI研究者の約4割を中国の大学出身者が占めた。既に米国の大学出身者を上回り、主力を担う。二大国の対立という単純な構図では割り切れないAI研究の真相が見えてきた。


AI研究は世界で注目の的だ。2024年のノーベル賞では物理学賞と化学賞で、AI関連の研究が授賞対象になった。受賞者には米国の企業や研究機関の関係者が名を連ね、研究水準の高さを印象づけた。

米国の強さは本物か。米ポールソン研究所のシンクタンク「マクロポロ」が、AI関連で最高峰の国際学会「NeurIPS(ニューリプス)」で22年と19年に論文が採択された著者をトップクラスの研究者として分析した。在籍する機関を調べると、22年にはグーグルやスタンフォード大学などの米国勢が上位10位のうちの7機関を占めた。米国の1強ぶりがあらためて浮き彫りになった。

その米国に中国が追いすがる。22年には中国発の論文が増え、10位以内に清華大学と北京大学が入った。

米グーグルは生成AIのGemini(ジェミニ)を開発した

産業界では米中の分断が進む。米国は22年ごろから最先端半導体などの中国への輸出を規制してきた。25年1月には中国の新興「DeepSeek(ディープシーク)」が高性能な生成AIを公表した。一部報道によると、米当局は同社がシンガポール経由で米エヌビディアの先端半導体を購入したかどうかを調査している。米国内では輸出規制を強化すべきだとの反応も出ている。

ただ、シンクタンクの分析では別の見方も浮かぶ。実は米国の企業や研究機関でAIを専門とするトップクラスの研究者のうち、最も多いのは中国の大学を卒業した人々だった。19年には27%だったが、22年には38%に達した。米国の大学を出た37%を上回る。大学の学部を中国国内で卒業し、米国で大学院に進学した人が多いとみられる。

理化学研究所の杉山将・革新知能統合研究センター長は「中国から来た一定の割合の優秀な若手が、企業や研究機関の発展に貢献している」と話す。


今後、米国の1強は揺らぐのか。仮に中国の政府や企業が人材を呼び戻せば、AI分野の研究力が一気に高まる可能性も残る。中国は1990年代以降の「海亀政策」や「千人計画」で欧米から帰国した留学生などを重用し、科学研究を発展させた実績を持つ。

ただ現状では大手テックや研究機関が集積する米国は勤務先として人気だ。マクロポロの22年の分析によると、米国で博士号を取得した外国人の約8割が同国を就職先に選んだ。当面は米国が高い研究力を維持する公算が大きい。

科学誌の出版大手、シュプリンガー・ネイチャーは中国の弱さも指摘する。AIに関する国際共同研究を分析した。科学研究機関を格付けする「ネイチャー・インデックス」の24年版によると、米国や英国に比べてAI分野で中国の研究機関は単独での研究が多かった。同社は「中国の研究成果は増えたが、世界のネットワークからは切り離されている」と指摘する。

一般的に革新的な研究成果を上げるには、国の枠を超えて多様な人材が協調することが多い。中国は優れた人材を米国などに送り出しているが、研究組織としては米英に一日の長がある。

日本政府もAI関連の研究力の底上げを急ぐ

米中がしのぎを削る中で、日本は蚊帳の外だ。マクロポロの22年のランキングでは、25位以内に一つの機関も入らなかった。人材の不足が原因の一つだ。理研の杉山センター長は「世界では情報系の博士課程に進学する学生が増えたが、日本では博士号を取ろうという人がまだ少ない」と話す。

日本政府も対策を急ぐ。AI分野の競争力を強化するため、24年度に関連予算として前年度比で約500億円増の約1600億円を計上し、若手研究者や学生を支援する制度も新設した。

AIスタートアップのアラヤ(東京・千代田)の金井良太代表取締役最高経営責任者(CEO)は「まず研究に必要な環境を整えないといけない。計算資源を潤沢に確保するべきだ」と話す。世界に後れを取らない取り組みが必要だ。

米中の対立は今後も続きそうだが、AI技術は経済や文化を飛躍的に発展させる潜在能力を持つ、人類共通の財産だ。AIの開発に取り組むだけでなく、国の枠を越えて協力する知恵も磨くべきだ。

(下野谷涼子、桑村大、尾崎達也)

カッサンドラ

 ギリシャ神話に登場する予言者。未来を見通す能力がありながら誰にも信じてもらえない状況に陥るが、それでも将来につながると考えて警鐘を鳴らした。古代トロイア(トロイ)が滅亡するとの予言に耳を傾けてもらえず、木馬に潜んだ敵兵の入城を許してトロイアが滅びたという逸話がある。