行政DX、生産性を左右
 電子政府のランクは14位に後退

データが問う衆院選の争点

Source: Nikkei Online, 2021年10月23日 23:00

行政のデジタル化の遅れが日本経済の重い足かせになっている。紙の書類のやりとりや対面手続きなどを前提にしたアナログのしきたりが社会の効率を押し下げる。背景には役所ごとの縦割りや既得権の壁もある。国のあり方を問う衆院選(31日投開票)を機に改革を加速する必要がある。

菅義偉前首相の肝煎りだったデジタル庁が発足して約2カ月。デジタルトランスフォーメーション(DX)は誰が政権を担おうと変わらず重要な政策課題であるはずが、選挙戦の熱気は乏しい。

各党が競うように掲げる国民への現金給付も規模や対象の議論がもっぱら。新型コロナウイルス危機の下で露呈したアナログ行政の問題はクローズアップされていない。

2020年春の感染拡大当初に決まった1人10万円の給付金は予算成立から国民の半分に届くまで50日近くかかった。電子申請の内容を自治体が住民情報と目視で照らし合わせる光景もあった。

大和総研によると、一人ひとりのデジタルIDが社会基盤としてあるシンガポールは5日で国民の約9割に給付した。必要な支援を申請をまたずに迅速に提供できる体制が整っていたためだ。韓国も1カ月かからず約9割に配り終えた。

コロナ禍で露呈した医療の機能不全の背景にもデジタル化の遅れがあった。患者が地域の壁を越えてサービスを受けられるはずのオンライン診療には多くの医療機関が及び腰のまま。病床の稼働状況を把握するために厚生労働省が導入したシステムは使い勝手が悪く、保健所などとのやりとりは電話に頼る現場が少なくない。

日本でデジタル化が叫ばれた2000年代初頭から20年、改革の歩みは遅い。国連の電子政府ランキングで日本は直近の20年に14位。前回18年の10位から後退した。

「書面の提出などを求める行政手続き約1万8000種類を25年までにオンライン化する」。6月の規制改革推進会議で菅首相(当時)が宣言した。裏返せば、それだけの古いしきたりが残る。

政府は20年、国税・地方税や年金など法人設立に必要な手続きが所管官庁別に5カ所に分かれていたのを一元化し、インターネットで済むようにした。利用者は税務署や年金事務所などの窓口に個別に足を運ぶ必要がなくなった。デジタル化で行政の縦割りの壁をなくした一例だ。

こうした動きはまだ一部にとどまる。IT(情報技術)企業が多く加盟する新経済連盟は、国や自治体の手続きのために民間で少なくとも年71万人分の労働力が割かれていると推計する。行政対応を2割減らし、より付加価値の高い仕事にシフトできれば国内総生産(GDP)を年1.3兆円押し上げられるとみる。

経済産業研究所のまとめによると、行政のデジタル化で先行する英国は05~10年に約4500億円、ドイツもほぼ同じ時期に約8000億円のコストを削減した。

日本経済研究センターは日本が30年代に恒常的にマイナス成長に陥りかねないと予測している。成長力を底上げするにはDXを加速し、生産性を高める必要があると提言する。民間の活力を左右する行政部門の改革も急ぐ必要がある。

政府が全く無為無策だったわけではない。国民一人ひとりに個人番号を割り振るマイナンバー制度が15年から始まり、児童手当などのオンライン手続きに利用できる仕組みを整えてきた。20日からはマイナンバーカードと保険証を一体化できるようにもした。

肝心のカードの交付実績は約4867万枚、普及率は38%にとどまる。税・社会保障・防災以外への利用が法的に制限されていることも大きい。

自民党は公約で運転免許などへの使途拡大を掲げる。立憲民主党はカード関連で目新しい施策を出しておらず、共闘する共産党は「カードの押しつけはやめるべきだ」と制度にそもそも反対する。デジタル国家としてのインフラを整備する議論は深まらないままだ。

(デジタル政策エディター 八十島綾平)