泥縄だから結果ノーグッド 持ち腐れコロナアプリ

Source: Nikkei Online, 2022年2月23日 5:00


コロナ接触確認アプリ「COCOA(ココア)」は
3300万もダウンロードされたが……

「泥縄だったけど、結果オーライ」。新型コロナウイルスの感染第1波が収まった2020年の夏ごろ、首相官邸の関係者がこう語った。

政策シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」が設けた新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調、小林喜光委員長)が、政府の幹部や担当者らへの聞き取りを重ね、結果をまとめた報告書(20年10月刊)に登場する名言だ。

言い得て妙。当時、日本は人口あたりの感染者・死亡者が海外の主要国を大きく下回っていた。安倍晋三首相はこれに先立つ5月、緊急事態宣言の解除に際し「日本モデルの力を示した」と自賛した。

だが、この報告書が指摘するように日本モデルの内情は、さまざまな制約と限られたリソース(資源)のなかで、政策当局が懸命に知恵をしぼったうえでの、場当たり的対応の積み重ねであった。そのときは、たしかに結果オーライにみえた。

それから1年半。日本は変異型ウイルス「オミクロン型」による感染第6波のただ中にある。この間、人類はコロナに対する知見と経験を蓄え、行きつ戻りつしつつもワクチンや治療薬を開発し、変異を繰り返すウイルスに対抗しようとしてきた。だが、事ここにいたっても日本政府のコロナ対応は泥縄を脱したとは言い切れないのではないか。その一断面は、2つのスマホアプリに見てとれる。

1つは、コロナ感染者との接触を確認するために厚生労働省がつくったアプリCOCOA(ココア)だ。スマホの通信機能を使って感染者が一定の時間、至近にいた事実を知らせる機能をもっていることになっている、同省によると、20年6月のアプリ公開以降、これまでの累計ダウンロード数はおよそ3300万件、うち感染登録をした人は約42万8000人いる。

オミクロン型はこれまでのコロナウイルスとの比較で、感染しても重症化するリスクは低いが、人から人への感染力がきわめて強いのが特徴だ。オミクロン型がはびこる今こそが接触確認アプリの面目躍如であるはずだ。だが、ことしに入って接触者の割り出しにCOCOAが役立ったという話は寡聞にして知らない。3300万のアプリは、そのほとんどが持ち腐れになっている。

アプリをきちんと機能させるには、今までのやり方では駄目だ。感染者がアプリに登録するかどうかを自由に決める現行方式を改め、信頼に足る公的機関が感染者に登録を義務づけるべきだ。感染者との接触の事実を確認した段階でテキストメッセージやメールなどで直ちに本人に知らせ、検査に誘導する必要もある。それにはマイナンバーとの連携が有効だ。制度面の手間やコストも比較的小さくすむ。

ただしアプリに登録するのはコロナ感染の事実という機微に触れる情報だ。情報が不当にあつかわれるかもしれない、という利用者の不安を拭い去るために、プライバシーの保護と漏れのない通知を両立させるのが厚労省の責務であった。だがこうしてみると、COCOAは本領を発揮する前に役目を終えてしまったのかもしれない。

デジタル庁が主導したワクチンパスポートは、
どう運用するか肝心な点が曖昧なままだ

2つ目は、ワクチン接種を証明するアプリ、いわゆるワクチンパスポートだ。デジタル庁が21年12月に公開した。国内用と海外用に分かれ、国内用はレストランやイベント会場などに入る際、接種の事実を証明するときに使う。海外用は渡航手続きをしたり渡航先で水際対策を緩和してもらったりするのに有用だ。

日本のコロナ水際対策は鎖国政策と批判された。海外との行き来は相互主義であるべきだ。持ち腐れになっているのは国内用である。オミクロン型への対抗手段の一つに、ワクチンのブースター接種(3回目の接種)がある。首相官邸のホームページによると、2回接種を終えた人の割合は総人口の79%。だが政府がブースター用の調達に大きく後れを取ったため、3回接種を終えた人の割合はいまだに15%程度にすぎない。

ブースター未接種85%を前提に考えると、アプリによる接種証明は用をなさないといってよかろう。そうこうしているうちに感染第6波はピークを越えつつある。筆者もアプリをダウンロードしているが、これまで国内で提示を求められたことはない。

本来ならまん延防止等重点措置を適用する前からブースター接種と検査を行き渡らせ、3回接種や検査陰性を手軽に証明できるようにし、第6波のなかでも人びとの活動を促す方向にもっていくべきだった。

岸田首相はブースター1日100万回接種を宣言したが、
時すでに遅しではないか(22日、首相官邸)

デジタル医療情報の法制度・倫理の研究者で、政府の「接触確認アプリに関する有識者検討会合」の委員をつとめた藤田卓仙・慶応大医学部特任准教授は「接種証明書アプリの出来栄えは悪くないが、どう使うのか、またブースター接種とどう絡めるかについて政府の方針がみえない。ワクチン・検査パッケージを含め、どう運用するかという肝心な部分がかみ合っていない」と指摘する。

東京都などの場合、感染第5波が収まった21年9月いっぱいで緊急事態宣言は解除された。オミクロン型の感染を国内で初めて確認したのは、それから2カ月後だ。この間、政府は欧州などでみられた加速度的な感染急拡大をにらみ、水際対策には相当の力を注いだが、国内対策としてのブースター接種や検査拡大は後回しにした。その結果が、ブースターが行き渡る前の第6波ピーク越えだ。

コロナ前、日本は行政デジタル化の後進性が主要国のなかでも際立っていた。コロナ禍によってそれが誰の目にも明らかになった。菅政権はデジタル庁の新設を契機に、その汚名をすすぐはずだった。感染第6波のただなかで、岸田文雄首相はブースター1日100万回接種を目標にすると唱えた。「泥縄だから結果ノーグッド」が現実になろうとしている。