80年間なぜ変わらない コロナに苦戦、戦前の教訓

新型コロナウイルスへの対応に、日本は苦しんでいる。5月11日までだった東京、大阪、京都、兵庫の4都府県への緊急事態宣言は結局、延長になった。

人口千人当たりの病床数は先進国で最多なのに、日本の医療は逼迫している。ワクチン接種率でも先進国中、最下位のレベルだ。

コロナが世界を襲ってから約1年間。このありさまは医療や衛生体制にとどまらず、日本の国家体制に欠点があるということだ。

その欠点とは平時を前提にした体制しかなく、準有事になってもスイッチを切り替えられないことである。日本という列車は単線であり、複線になっていない。

米国や英国は当初、対応が鈍く、多くの死者を出した。だが、その後は緊急時の体制をとり、ワクチン接種で先をいく。

日ごろから準有事にあるイスラエルでは、ワクチンの確保に軍が動いた。同様の台湾では、携帯電話の情報から感染者の行動を追跡するシステムもある。

一方、日本の仕組みはあらゆる面で準有事の立て付けが乏しい。法的な強制力はなく、外出自粛や休業を行政が国民に「お願い」するしかない現状は、その象徴だ。

日本は戦後、米軍に守られていることもあって平和が続き、平時体制でやってこられた。先の戦争への強い反省から、国家が権力を持ちすぎないよう努めてきた。

今後もこれで乗り切れるなら、それに越したことはない。だが、残念ながら、コロナ危機は日本モデルのもろさを映している。

「統制=危機対応力の強化」ではない

だからといって、緊急時に私権を制限し、国家が統制を強められる体制づくりを急ぐべきだと主張するわけではない。むしろ、逆だ。根本的な欠点を改めずに政府に統制の道具だけ与えても、危機対応力は高まらないからだ。

明治維新後、日本は日清戦争、日露戦争と有事の連続だった。第1次世界大戦にも参戦し、1937年には日中戦争が始まる。

この間、国家は社会の統制を強めていった。では、それで危機対応力が高まったかといえば、そうではない。大国との対立を調整できず、41年12月に日米戦争に突入、国が滅びる寸前までいった。

では、この教訓を踏まえ、どこを変えればよいのか。近現代史の研究者らにたずねると、戦前・戦中と現状の国家運営には少なくとも3つ、共通の欠点がある。

第1は、戦略の優先順位をはっきりさせず、泥縄式に対応してしまう体質だ。日中戦争もそうだった。いったい何をめざし、ゴールとするのか。政府の方針は明確でないまま戦いが広がり、国民の支持も十分、得られなかった。井上寿一・学習院大教授は語る。

「37年、戦意を高めようと、政府は国民精神総動員運動を始め、統制を強めた。しかし、対中戦争の目的が分からないため、国民はついてこない。反戦こそ唱えないものの、大正天皇祭などの国旗掲揚率は2割弱程度だった。この実態は敗戦までさして変わらなかった」

時代背景はちがうが、コロナ対策にも重なる面がある。「感染封じ込め、経済の維持、東京五輪……。何を最優先するのか不明確なので緊急事態宣言は惰性となり、国民も従わなくなってきている」(井上氏)


コロナ対応でも行政の縦割りの
弊害が露呈した(東京・霞が関の官庁街)

優先順位が定まらない一因が、言われて久しい縦割り組織の弊害だ。これが第2の問題点である。ワクチン接種やPCR検査、コロナ病床の確保が滞る事情はさまざまだが、「元凶のひとつが省庁間や中央と自治体の連携が乏しいことだ」(政府関係者)。

ワクチンでいえば、接種の管轄は厚労省、自治体との調整は総務省、輸送は国土交通省だ。各省庁に担当がまたがるのは米欧でも同じだろうが、緊急時の調整力が日本は弱い。

戦中・戦時中の縦割りはさらにひどかった。陸軍と海軍は予算や物資を取り合い、両軍内の派閥抗争も続いた。外務省内も英米派と枢軸派がぶつかった。これでは国策が定まるはずがない。筒井清忠・帝京大教授は指摘する。

「日本は戦前、軍事的な専門性を重視して軍人エリートを教育し、特に陸軍にその傾向が強かった。戦争の知識は豊かでも幅広い視野をもった人材は育ちづらく、軍の縦割り体制を増長させた。今も医療や防疫の専門家は多いが、全体状況を冷徹に判断し、政策を調整できるリーダーが乏しい。戦前の体質は変わっていない」

根拠なき楽観思考根強く

そして第3の欠点が、「何とかなる」という根拠なき楽観思考である。日本はなぜか、最悪の備えに弱い。戦時中でいえば、勝ち目が薄い戦争を米国に仕掛けておきながら、明確な終戦シナリオを用意していなかった。


日本は終戦シナリオを持たないまま米国との戦争を続けた
(1943年、東京・神宮陸上競技場での学徒出陣壮行会)

2009年の新型インフルエンザを受け、国の総括会議は翌年、感染大流行にそなえた提言をまとめていた。保健所やPCR検査、ワクチン開発の強化などが並んだが、たなざらしになった。

安倍前政権で国家安全保障局次長を務めた兼原信克氏は話す。

「頻発する地震や台風への対応では日本は世界最高レベルの体制を敷いているが、パンデミックは準備を怠った。さらに深刻なのは戦争リスクだ。脅威があるのに目をつむり、必要な危機管理の体制がほとんど進んでいない」

真珠湾攻撃から今年で80年。コロナ危機は日本が引きずってきた体制の欠点をあらわにした。いま改善しなければ、将来、取り返しのつかない深手を負いかねない。