Nikkei Online, 2024年2月17日 15:25
日本の新型ロケット「H3」がようやく実用段階に入り、今後の宇宙開発に弾みがつきそうだ。世界の最前線では米国や中国が競争し、機体の再使用といった技術でH3の先を行く。H3で目標とする低コスト化で国際競争力の向上を目指す。
17日の2号機の打ち上げ成功で、H3ロケットは人工衛星などを宇宙に輸送できる性能を初めて実証した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の岡田匡史プロジェクトマネージャは17日の記者会見で「H3はようやく産声を上げることができた。打ち上げについては満点だ」とほっとした表情で語った。
既存の基幹ロケット「H2A」は残り2機で運用を終える予定で、H3の打ち上げに成功しなければ、日本は宇宙への輸送手段を自国で確保できなくなる懸念もあった。自国のロケットを持つ必要性はロシアのウクライナ侵攻でも浮き彫りになった。欧州が頼ってきたロシアの「ソユーズ」の利用が困難となり、衛星の打ち上げに支障が出た。
宇宙空間の利用は安全保障、防災、日常生活を支える通信などのインフラ基盤に欠かせなくなっており、JAXAと三菱重工業は約20年前に開発されたH2Aよりも打ち上げコストが低く、使いやすいH3の開発を進めてきた。
3号機以降は実用的な人工衛星を搭載し、本格的な運用に移る。2024年度には災害状況を把握する観測衛星「だいち4号」、防衛通信衛星、日本版の全地球測位システム(GPS)実現に向けた準天頂衛星と、まずは国内の防災や安全保障の強化に向けて重要な任務が控える。
その後、国際協力では国際宇宙ステーション(ISS)や月周回に物資を運ぶ想定の新型無人補給船「HTV-X」のほか、日印共同の月探査機の打ち上げも予定している。順調に実績を重ねていけば、国際的な評価も定まっていきそうだ。
14年に始まったH3の開発は試行錯誤の連続だった。初飛行は当初20年度に予定していたが、2度延期し、23年3月の初飛行は失敗した。逆境を乗り越え、日本が30年ぶりに新たな大型ロケットを確保できた意義は大きい。
今後、H3の強みとする性能を十分に生かせるかが問われる。H3では国際競争を見据え3つの目標を掲げる。①価格低減②柔軟な打ち上げ対応③高い信頼性の維持――の実現だ。H2Aは48回中47回の打ち上げに成功し、信頼性は十分だったが、打ち上げ費用が1回あたり約100億円と高コストで海外からの受注が乏しかった。大小様々な人工衛星の打ち上げ需要に対して、柔軟な対応が難しかった。
H3は1段目の主エンジンと推力を補助するブースターを柔軟に組み合わせて、企業など顧客の要望に対応する。主エンジン2基、ブースター4基を使う最も大きな形態では積載量をH2Aよりも0.5トン重い6.5トン以上に高めて、気象観測や通信、放送向けの人工衛星を高度3万6000キロメートルに送る。
ブースターを使わない最もコンパクトな形態は積載量が4.1トンで地球観測衛星などを高度500キロメートルの軌道に送る構想だ。H2Aでは5.1トンだったが、求められる搭載量に対して能力が過剰になりがちだった。これを最適化し、1回あたりの打ち上げ費用も約50億円と半減させてより安価な打ち上げを実現する。
H3は民生品の活用やライン生産、自動点検による人員の効率化などで低コスト化を図る。ロケットの組み立てにかかる期間を約半月、注文から打ち上げの準備期間を1年とそれぞれH2Aから半減する。
ただ、ロケット技術は米国や中国が先行している。世界のロケットの打ち上げは23年に212回で過去最多を更新し、H3の初飛行が想定された20年から2倍にもなった。
米起業家イーロン・マスク氏が率いる米スペースXの「ファルコン9」は機体の1段目を地上に着陸させて再使用する方式で、年間100回に迫る高頻度の飛行と約70億円の打ち上げ価格の安さに強みを持つ。18年に初飛行した現行型は約240回の打ち上げで失敗はなく、信頼性も世界一だ。再使用でロケットの製造、組み立てに必要な時間は大幅に短縮し、1日2回の打ち上げも珍しい光景ではない。
三菱重工業の江口雅之執行役員防衛・宇宙セグメント長は17日、「ファルコン9に対し、価格的には競争できる。国際的市場では十分な価格帯に近づいている」と話したが、スペースXはファルコン9より低コストで打ち上げられる新型ロケットを開発中だ。
23年から試験飛行を進める「スターシップ」は機体全体を再使用する。燃料には再使用に向くメタンを新たに採用する。マスク氏は「1回の打ち上げ費用を従来の100分の1にできる」と強調しており、実現すれば打ち上げ費用は10億円以下になる。
スペースXを追うように米国ではメタンを使う新型ロケット「バルカン」の打ち上げが24年1月に成功。エンジンが共通するジェフ・ベゾス氏の米ブルーオリジンの再使用ロケット「ニューグレン」の初飛行も迫る。
米国に対抗する中国勢も年間打ち上げ回数は60回超で、ロケットの新規開発にも余念がない。23年7月には米国より先にメタンロケットで世界初の宇宙到達を果たした。24年1月にはファルコン9のような再使用に向けた試験ロケットの離着陸実験に成功した。固体燃料を使う世界最大級のロケットの打ち上げを成功させるなど独自技術も磨く。
日本政府は2月上旬、これまで年間数基にとどまっていたロケットの打ち上げを30年代前半に30回に引き上げる新たな目標を示した。実現に向けてH3のほか、小型の「イプシロンS」、民間企業が開発する超小型ロケットの実用化を後押しする。日本として輸送手段を多様化しながら、米国などと協力し、宇宙開発で存在感を示していく必要がある。
(松添亮甫、川原聡史)
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