Nikkei Online, 2024年9月28日 2:00
過去最多の9人の候補者で争った自民党総裁選は5度目の挑戦だった石破茂元幹事長が勝った。15日間と長い選挙期間で注目される候補者や有力者は週替わりに変わったが、石破氏は一貫して安定した支持を保った。「派閥なき総裁選」の舞台裏で繰り広げられた党内力学の変化は新首相の政権運営の行方を占う。
石破氏は総裁選後のあいさつで「自由闊達な議論ができ、公平公正で謙虚な自民党に戻りたい」と呼びかけた。
高市早苗経済安全保障相との決選投票を21票差で制した。1回目の投票で終始優勢とされてきた党員・党友票で高市氏に1票及ばず、議員票でも26票離されたところから逆転した。
日本の政治史上まれにみる混戦となった総裁選で、石破氏は9人中2番目に出馬表明をした。5回目の出馬にあたり「最後の戦いに挑む。38年間の政治生活の総決算だ」と退路を断って臨んだ。
立候補に必要な20人は早々に集めたものの、陣営が35人前後の票を確保した後は伸び悩んだ。
決選投票での勝利をたぐり寄せたのは岸田文雄首相と菅義偉前首相を味方につけたことだった。菅氏とは21年総裁選で連携して河野太郎デジタル相を推した。首相とも野党時代から同年代の議員同士で定期的に会食する間柄だった。
石破氏は総裁選前々日の25日になって経済政策を追加発表し、岸田政権の施策を継続すると訴えた。これに旧岸田派の松山政司参院幹事長が呼応し決選投票で石破氏に投票するよう旧岸田派議員に呼びかけた。
最後まで態度を明らかにしなかった首相は総裁選前日、旧岸田派議員に決選投票の投票先は「高市氏以外」と指示した。
石破氏は1回目に46票だった議員票を決選投票で189票に伸ばした。党員票を合わせた総数でも高市氏を逆転した。
石破氏は首相を目指し2015年に石破派(水月会)を立ち上げたが、総裁選に敗れ21年に同派を解散した。派閥を解散して初めて臨んだ総裁選で総裁の座を射止めた。
「今回はいかに自分に足らざるところがたくさんあるかを気づかされた」。石破氏は27日朝の出陣式で支持議員らを前にこう吐露した。
今後は石破氏と党内を二分した高市氏の影響力の行方が注視される。高市氏は総裁選後、陣営の一部幹部に声をかけて都内で慰労会を開いた。
党内で議員人気は低いとされてきた石破氏。1回目の投票で得た議員票は46票にすぎない。これから臨む党役員・閣僚人事は石破流の政権運営の試金石となる。
石破氏が決選投票で議員票を積み上げた背景にキーパーソンとなった3人の「首相」の暗闘があった。
首相が8月14日に退陣の意向を示した段階で、有力候補とされたのは世論調査で高い支持率を維持する石破氏と小泉進次郎元環境相だった。菅氏は6月ごろに石破氏を評価する発言をし、同じ神奈川選出の小泉氏についても支持する考えを隠さなかった。
3年前に首相の座を降りて岸田政権では非主流派の代表格だった菅氏。党内では今回の総裁選で復権を目指しているとの見方が出ていた。
菅氏が石破、小泉両氏という2つの有力カードを握る構図を苦々しくみていたのが麻生太郎副総裁だった。
麻生派は解消せず党内唯一の派閥として54人の勢力を持つ。同派の総裁候補に河野氏はいるが最近の世論調査の支持率は以前ほど高くなかった。
「今回の総裁選は『菅VS反菅』だ。情勢を最後まで見極める」。麻生氏は周囲にこう語り、8月27日の派閥の研修会でも河野氏を支持の軸としつつ他候補への支援も容認する対応を決めた。
潮目が変わったのは9月12日の総裁選告示後の報道各社の世論調査だ。自民党支持層や党員を対象にした調査で首位は石破氏が保ったが、高市氏がそれに迫る一方で小泉氏の勢いが鈍った。
告示から1週間ほどで上位2人の決選投票の枠は石破、高市、小泉の3氏に絞られた。①石破氏VS小泉氏②石破氏VS高市氏③高市氏VS小泉氏――の3パターンのうち、どの構図なら影響力を発揮できるかにキーパーソンたちの関心が移る。
麻生氏にとって自身と距離を置く菅氏が支える小泉氏を積極的に推す理由はない。石破氏を巡っては麻生政権時代に現職閣僚ながら与謝野馨氏とともに麻生氏に退陣を迫った経緯がある。
麻生氏は「石破氏だけはダメだ。女系天皇を容認するような発言も看過できない」と指摘。冗談交じりに「石破氏VS小泉氏の決選投票になったら亡命する」とも語っていた。
そこで目を付けたのが党員の根強い人気に勢いづく高市氏だった。
高市氏のX(旧ツイッター)アカウントの投稿数は他候補より少ないものの、投稿についた「いいね」の数は多かった。支持者によるSNSでの拡散が目立った。党内の予想を覆し、1回目の党員票で石破氏を上回ったのはその証左といえる。
告示前に政策リーフレットを全国の党員らに郵送した問題では党内の反発を招き、高市氏やその支持議員への根強い不信感を残した。高市氏が新総裁になっていたら正当性へ疑義が投げかけられていた可能性はある。
麻生氏は派内に慎重論があったものの、政治信条の近い高市氏を決選投票に残す方針を決めた。
総裁選前日の26日になって麻生派の一部議員に「決選投票で高市氏に入れる」と指示。他陣営に散らばる麻生派の議員票を1回目の投票から高市氏に寄せる道も探った。
結果的に高市氏は1回目の議員票で党内の予想を上回る72票をとったが、投開票直前のこうした動きは保守色の濃い高市氏への警戒感を招いた。
高市氏が決選投票に残ったために、皮肉にも石破氏への支持というよりも高市氏への懸念から、首相と小泉氏を推す菅氏とが石破氏に相乗りする流れとなっていく。
首相は麻生、菅両氏の駆け引きを注視していた。派閥を巡る政治資金問題にけじめをつけるために総裁再選の道を捨てた。自らの路線を継続できる候補は誰なのか、各候補の党改革への姿勢を見極め「高市氏以外を支持」との結論を出した。
上位3人に絞られた候補のうち、高市氏の推薦人20人のうち14人が旧安倍派で、そのうち政治資金収支報告書の不記載議員が13人を占める。旧安倍派が支える高市氏が後継になれば、自分が再選の道を断ってまで進めようとした流れが止まりかねないと判断した。
高市氏が首相に就任しても靖国神社への参拝を続けるとの意向を示すなど、保守色の強い主張を繰り返したことも首相が高市氏を支持しなかった理由の1つだ。自分が首相として日韓関係を改善基調に戻し、安全保障面で重要な日米韓3カ国の関係を安定させたとの自負があった。
小泉陣営は小泉氏を「選挙の顔」として前面に押し出し、党員票で圧倒するシナリオを狙っていた。菅氏も8日の横浜市での街頭演説で小泉氏とそろい踏みした。
誤算はその党員票が思うように伸びなかったことだ。原因の1つは小泉氏の討論力だった。
小泉氏は出馬の記者会見で「労働市場改革の本丸」として解雇規制の見直しを主張したが、改革の方向性がハッキリしないといった批判を受けて発言は後退していく。
司会や他候補からの質問に真正面から答えず別の話題ではぐらかす場面が目立った。リーダーとして「頼りない」との印象を与え、世論調査の支持率も低下していった。
そこで小泉陣営は1回目の投票で議員票で1位になることに焦点を絞り実際にトップとなった。
「もしもし菅ですが」。菅氏は選挙戦の終盤になっても自ら議員に電話をかけて小泉氏への支援を呼びかけた。小泉氏が決選投票に残れなくても議員票の比重が大きい決選投票で、石破氏に恩を売れるとの思惑もあったとみられる。
もとより手中に2枚のカードを持つ菅氏は、麻生氏の見立て通り高市氏が決選投票に残っても、高市氏でない候補に票を集めて総裁に押し上げる道を確保していた。
有力者のせめぎ合いで割を食った候補はいる。
麻生氏が高市陣営に麻生派の票を回したあおりで、小林鷹之前経済安保相の票数は伸び悩んだとの見方がある。若手議員を中心に集めた議員票は小泉氏や高市氏、石破氏に次ぐ4位だったものの陣営の想定を下回る41票にとどまった。
さらに厳しい結果となったのが河野氏だ。1回目の投票で得た党員票は368票中8票と9候補で8位に低迷。かつて世論調査で上位だった人気の影はみられなかった。
議員票も22票と推薦人の数からほとんど上乗せできなかった。属する派閥の全面支援を受けられず最後に出馬表明した上川陽子外相を下回った。
<<Return to PageTop