尾を引くプリゴジン氏の退場 プーチン体制の特質露呈


プリゴジン氏(左)はプーチン氏と同じくサンクトペテルブルク出身で盟友だった(2010年9月10月、サンクトペテルブルクで)=AP

ロシアの民間軍事会社ワグネルの創始者エフゲニー・プリゴジン氏がジェット機の墜落で死亡したもようだ。6月にプーチン政権を揺るがす反乱を引き起こしたプリゴジン氏の退場は何を意味するのか。

墜落は分からないことが多い。事故なのか、撃墜されたのか。後者ならば首謀者は誰か。あるいは搭乗者の自爆なのか。いずれにせよ、プーチン政権がこれで反乱を過去のものにしようとするのは間違いない。

しかし、プリゴジン氏の死の波紋は尾を引きそうだ。

今回の件でロシア人を含めた多くの人の頭に去来したのは、元ロシア治安機関職員のアレクサンドル・リトビネンコ氏、セルゲイ・スクリパリ氏、元第1副首相で反体制派のボリス・ネムツォフ氏らと同じような「罰」を受けたのではないかということだ。

プーチン大統領に反旗を翻した彼らはいずれも暗殺された。真相は不明だが、そう想起させること自体がプーチン体制の異常な特質をあらわしているといえる。

プリゴジン氏は外食業をきっかけに財をなし、大統領とは同じサンクトペテルブルク出身。「プーチン氏のシェフ」と言われるほど近い関係だった。しかし、反乱は一線を越えてしまった。大統領は反乱直後に「プリゴジン氏はベラルーシに行く」と発言したが、SNS(交流サイト)では同氏がアフリカやロシアなど自由に移動し、発言していることがうかがえた。

ワグネルという暴力装置をプリゴジン氏に持たせるのは危険だとプーチン氏が判断しても不思議ではない。2024年3月には大統領選が予定されている。墜落の原因は不明だが、プリゴジン氏が死亡したことで結果的には、選挙での圧倒的な勝利に向け波乱要因を減らすことになった。同時にロシアのエリート層のなかにはウクライナ侵攻に不満を持つ人がいるとされるが、プーチン氏の疑心暗鬼が今後さらなる行動につながる懸念がある。

ワグネルはアフリカで活発に活動している(2023年7月17日、中央アフリカで)=ロイター

プリゴジン氏の死は14年に創設されたワグネルの行方にも影響を与える。もともとロシア軍の元特殊部隊など精鋭部隊で編成されたワグネルは、ウクライナ東部のドンバス地方のほか、シリア内戦、アフリカなどで活動してきた。特に中央アフリカやマリをはじめとするアフリカ諸国では現地の独裁的な政権を取り込み資源の利権を獲得するなどプーチン政権にも貢献してきた。

それを指揮していたカリスマ的なプリゴジン氏が不在となったことで、5万人以上とも言われる兵士らがどう行動するのか。プリゴジン氏はロシア軍の首脳を批判していただけに、プーチン政権にとって波乱要因になりそうだ。


プリゴジン氏暗殺の見方 搭乗機、ミサイルで撃墜か

小型ジェット機の墜落現場付近で見つかった機体の一部(24日、ロシア・トベリ州)=ロイター

ロシアのモスクワ北西のトベリ州で23日夕、小型ジェット機が墜落した。乗客乗員10人全員が死亡したとみられ、搭乗名簿には6月に反乱を起こした民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏(62)の名前があった。「裏切り者」として暗殺された疑惑が浮上し、プーチン政権の闇が深まった。

現地で撮影された映像によると、破壊された機体が上空から煙のような白い線を引きながらほぼ垂直に落下し、ごう音とともに地面に激突した。機体の故障などではありえないような異常な動きで、ロシア軍の防空ミサイルによる撃墜との見方が出た。

連邦航空局によると、搭乗者は乗員3人と乗客7人で、名簿にはプリゴジン氏のほか「総司令官」と称されるドミトリー・ウトキン氏らワグネル幹部の名前があった。関係者は相次ぎ両氏の死亡を伝えた。モスクワから北西部サンクトペテルブルクに向かっていた。

23日、ロシアメディアで流れたトベリ州の墜落現場の様子=AP

23日はウクライナ領内にいたワグネル部隊が武装蜂起を宣言し、モスクワに迫る北進を始めてからちょうど2カ月というタイミングだった。6月23日に起きたプリゴジン氏による部隊の反乱に世界は衝撃を受け、プーチン氏の威信は内外で失墜した。

激怒したプーチン氏は6月24日朝、国民向けの演説で反乱の首謀者を「裏切り者」と呼び、「処罰は避けられない」と激しく非難した。その後、ベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介でワグネルは同国へ移動し、いったんは収束するかにみられていた。

今回の墜落は、プリゴジン氏らワグネルの幹部を一掃したいプーチン政権の犯行だったとの見方が出ている。墜落当日の朝には、ワグネルに近く、反乱を「事前把握」していたとされるスロビキン航空宇宙軍総司令官の解任も報じられた。

プリゴジン、ウトキン、スロビキン……。3人がほぼ同時に排除されたとすれば、偶然とは考えにくい。

仮に撃墜が政権側が主導したとなれば、プーチン氏がプリゴジン氏とその右腕のウトキン氏らを暗殺し、軍や内政の引き締めに「見せしめ」とした可能性がある。政権は「裏切り者は許さない」との不文律を、20年以上にわたって政敵排除に繰り返し適用してきた。

バイデン米大統領は23日、プーチン氏の関与を排除できないと指摘。プリゴジン氏が墜落で死亡した可能性があるとの報道に関し「驚きはない」と話した。

スロビキン氏は2015年秋に始めた激しいシリア空爆を指揮した将軍で、軍内部の支持者は少なくない。一時はウクライナ軍事侵攻の総司令官も務め、その解任は侵攻を続ける軍部隊の士気低下や新たな反乱を招く恐れがある。

政治評論家スタニスラフ・ベルコフスキー氏は23日、プーチン政権が「自分の両足を撃った」と述べ、その損失と衝撃の大きさを理解できていないと通信アプリに投稿した。軍部や内政、アフリカにも展開するワグネルの動揺を抑えられるかは不透明だ。

最近の引き締め策は場当たり的で、政権内の混乱も見える。7月下旬に政権を批判した強硬派の政治活動家イーゴリ・ギルキン氏を逮捕し、8月4日には反体制派アレクセイ・ナワリヌイ氏の刑期が大幅に延長された。かえって政権への反発を強めかねない。

小型ジェット機の墜落から約2時間後、第2次世界大戦の激戦地だった西部クルスクでの80周年記念式典に、プーチン氏が出席した。ウクライナ軍事侵攻で功績のあった兵士に勲章を贈ったが、墜落には全く触れないまま笑顔を見せた。

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