「水素やめるな」渡氏に先見の明 ENEOS杉森会長

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水素の用途として発電とモビリティー、
鉄鋼業界などの産業用が有力と語る杉森務氏

水素は脱炭素を達成する決め手になるだろう。新日本石油(現ENEOSホールディングス)社長や石油連盟会長などを務めた渡文明さんは早くから水素の可能性に着目していた。2020年に亡くなる前は名誉顧問として経営から離れており、会社で仕事の話はしなかった。だがゴルフや酒の席で私に「水素はやめるなよ」と熱く語っていた。

99年が石油需要のピークだった。それまでは一直線に伸びていたが、その後は需要が構造的に減る時代に入った。当社の研究所で家庭用の燃料電池を研究していた。それを知った渡さんが日石三菱(現ENEOSホールディングス)社長に就任した00年ごろから「水素、水素」と言い出した。私はその頃は、あまりピンときていなかった。

私が14年に社長になった頃から「水素をやれ」と随分言われるようになった。私も水素には可能性を感じたが、いかんせん用途が広がらなかった。当社は15年に家庭用の燃料電池の生産から撤退した。コストが一定程度までしか下がらず、機器の販売は厳しかった。当時は「だから言わんこっちゃない」という空気もあった。

水素の用途は家庭用の燃料電池や燃料電池車(FCV)に限られていた。今は全く違う。渡さんには先見の明があった。特に有力なのは発電とモビリティー、鉄鋼業界などの産業用だ。脱炭素は日本政府として世界をリードするという覚悟を発信している。責務としてやらないといけないという空気が完全に醸成された。官民一体で取り組む。

石油の需要は40年には半減する。半分を何で補っていくのかを考えないといけない。石油業界は精製設備や船、タンクなどのインフラを水素に転用できる強みがある。我々の知見やインフラは水素に合致している。他社と協業して「作る」「運ぶ」「売る」など役割分担する。

クリーンな水素を日本で安く作るのは難しい。小さな実証実験から始めて、同時に世界的なサプライチェーンを築く。これから需要を開拓しないといけない。今は水素では全くもうかっていないが、コストを安くして扱えるようになれば収益を生んでいくと思っている。脱炭素の時代に向け、色々な施策が一斉に出てくる。

合成燃料も有望だ。水素と二酸化炭素(CO2)を原料にしてカーボンフリー燃料を作る。航空燃料が先行しているが、船舶や自動車向けにも期待できる。30年までに実証を終えて、そこから商業生産を始めていきたい。ガソリンの需要が減っても、合成燃料に置き換わればサービスステーションのネットワークが生きてくる。

菅義偉首相は20年10月に50年までの(温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする)カーボンニュートラルを宣言した。そのときに渡さんは「見ろ、ついに来たぞ。水素の時代だ」と言っていた。いよいよ花開く時期が来た。やはり水素を続けておいて良かった。化石燃料をクリーンなエネルギーに切り替えていく。渡さんの遺言だったというのもある。(聞き手は清水孝輔)

すぎもり・つとむ 1979年一橋大商卒、日本石油入社。主流である販売部門を長く担当してきた。2014年JX日鉱日石エネルギー社長。17年JXTGエネルギー社長。20年から現職。同年から石油連盟の会長も務めている。65歳

 

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