JR九州の「ななつ星」10年 3泊170万円、衰えぬ人気


JR九州が手掛ける豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」が15日で運行開始から10年を迎えた。現在の最高価格は3泊4日で1人あたり170万円。当初の3倍に値上がりしたが、人気は衰えずツアーは毎回、抽選倍率4倍の狭き門だ。優雅な非日常を演出する「走る超高級ホテル」は、災害によるルート変更や新型コロナウイルス禍による運休など、いくつもの苦難を乗り越えながら九州を駆け抜けてきた。

「より密度のある接客で、上質な体験を提供しようと値上げに踏み切った。お客様からの安すぎるというお声やサービスへの評価を踏まえ、妥当な価格だと判断した」(クルーズトレイン本部の小川聡子次長)

2022年10月、10年目を迎えるにあたり行われたリニューアルで、ななつ星は定員を最大14室30人から10室20人に変更。部屋数を少なくし、あらたに茶室やバーカウンターも設けた。3泊4日コースでは最も低い価格でも2人1室利用で1人当たり115万円、最高の「DXスイートA」では170万円。最高価格は13年の1人55万円から3倍に高まった。

1号車のラウンジカー「ブルームーン」は高級感あふれる雰囲気だ

工業デザイナーの水戸岡鋭治氏がデザインしたクラシカルで豪華な内装、車内に並ぶのは九州が誇る一級品の焼き物や美術品――。12年、当時の唐池恒二社長が打ち出した豪華寝台列車構想がめざしたのは「世界一の列車、世界一のサービス」だ。投資額は30億円。「趣向を凝らした列車を九州に走らせることで、世界に九州を知ってもらう。ななつ星はそのための仕掛けとして誕生した」(小川氏)

世界を見据えて走り出したななつ星には、10年間でのべ1万9000人が乗車。年間80本ほどのツアーが催行される中、海外の旅行会社主催のツアーはうち10本にのぼる。台湾や香港などアジアを中心に、10年間で34の国と地域から2500人あまりの外国人観光客を九州へ集客した。

ななつ星はその名の通り、車窓から九州7県の景色を眺めながら豪華な車内でゆったりとした時間を楽しむことができる。価格がどんなに上がっても、ツアーの申し込みは今も抽選だ。コロナ禍を経て、最近の倍率は約4倍ほどで推移する。リピーター客が多く、10年間で12回乗車した人もいるという。

乗客を魅了する優雅さはJR九州の看板となり、全国に広がった豪華観光列車ブームの火付け役にもなった。それだけに、決して乗客の期待を裏切れないという重圧も大きい。

鉄道事業本部長も務めた古宮洋二社長は「災害が起きた際、指令室の会議では3つのことが話し合われていた。どこに影響があったか、復旧にはどれくらいかかるのか、そしてななつ星のルートをどうするかだ」と振り返る。JR九州は鉄道インフラを守ることと同等の経営課題として、ななつ星の価値を守ってきた。

停車中のななつ星の前で写真撮影する親子(JR博多駅)

16年4月14日午後9時すぎ。肥薩おれんじ鉄道の肥後二見駅(熊本県八代市)に停車していたななつ星は熊本地震の激しい揺れに襲われた。もともと揺れに強い構造のため車内では皿一つ割れることはなかったが、翌日通るはずだった豊肥線が甚大な被害を受け、ツアー続行を断念。九州観光の目玉である阿蘇への鉄路が途切れたことで、それに代わるルートの構築が急務となった。

3週間の運休を経て、ななつ星は阿蘇に代わり福岡県を代表する名所である水郷・柳川市にルートを変更。日ごろはななつ星と関わりのなかった施設にも受け入れを依頼し、通常70分かかる名物の川下りは15分の特別コースを用意してもらうなど地元の全面協力で運行再開にこぎ着けた。

久大線を走るななつ星。(8日、大分県日田市)
災害やコロナ禍を乗り越えながら人気を築いてきた

コロナ禍でも運行の危機を迎えた。緊急事態宣言を受けて約半年間運休。運行再開にあたっては距離をあけ密を避けることが依然として求められたが、貫いたのは乗客との関わりを大切にしてきた「ななつ星」らしさだ。

食堂車の席の間隔などは広くしたものの、パーティションを置いたり黙食を求めたりはしないと決断。旅することがはばかられる厳しい状況の中、「ななつ星なら」と乗車するファンに支えられたという。

「ななつ星の運行の裏には、陰で支えてくれる多くの人の存在がある」。運行開始当初から携わってきたクルー1期生の田中大士さんは話す。ななつ星はいまやJR九州のみならず九州7県の顔として、沿線やファンの期待を乗せて走っている。

(黒沢亜美、笹津敏暉)


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