大阪万博、マハティール氏も見つめた未来の種
 課題先進国が示した「解」

大屋根リングやパビリオンの明かりが浮かび上がる大阪万博会場の夜景

大阪・関西万博が13日、閉幕する。世界を分断が覆い、少子高齢化や気候変動など地球規模の課題も山積する時代に、国内外から2500万人を集めた未来社会のショーケースは、サイバー(仮想)空間に慣れ親しんだZ世代をも巻き込み共感の輪を広げた。大屋根リングが象徴する「多様でありながら、ひとつ」という理念は次世代の出発点となる。

「この技術で治療してくれないか」――。心臓に持病があり、近年入退院を繰り返しているマレーシア元首相のマハティール氏(100)は5月末、「パソナ ネイチャーバース」を訪問し、iPS細胞から作った「ミニ心臓」が赤い培養液の中で拍動する様子に目を見張った。

「パソナ ネイチャーバース」が展示したiPS細胞からつくった「ミニ心臓」

圧倒的なリアルで「見たことがないものを体感させる」という博覧会の本質をついた同館には184日の会期中、200万人超が訪問。誰もが健康でイキイキと活躍できる社会に胸を弾ませた。

会場西ゲート近くの展示施設「フューチャーライフヴィレッジ」では、横浜国立大の台風科学技術研究センター(TRC)が8月下旬、台風を「制御」する未来を示した。

上空や海から雲の形成を活発化させる物質を散布し、構造に変化を与えて勢力を抑えることで、ダムや堤防整備などのインフラに重きを置いてきた防災対策を抜本的に転換。さらに台風が持つ莫大なエネルギーを発電に生かし「脅威」を「恵み」へと変える。

今、日本は深刻な社会課題を多く抱える。高齢化率は世界トップクラス。社会保障費は上昇傾向で、出生率は極めて低い水準から抜け出せない。平均気温の上昇率は世界平均よりも高く、風水害は激甚化する。

未来を占う多くの指標が国力を縮ませる方向に働く中、世界への存在感を維持するには「課題先進国」となった逆境をバネに、解決に向けたイノベーションを創出し、新たな展望を示し続けていくほかない。

多くの人たちでにぎわう大阪万博会場(9月、大阪市此花区)

後に続く世代に対しても、万博は確かな足跡を残した。ドコモ・インサイトマーケティングが 7月に 15歳以上の約 1万人に実施したアンケートでは、開催前と比べて万博への興味が「とても高まった」「やや高まった」と答えた割合が20代以下の男性で52.7%、同女性が53.7%に上り、ともに年代別で最多となった。

「今、できていないことを私たちが必ず可能にしようという気持ちになった」「研究者になるのも良いなと将来の幅が広がった」

「未来の医療EXPO・for Youth」と題し、大阪市内のiPS細胞製造拠点を8月末に見学した中学1年生から高校3年生の30人あまりからは未来への決意が相次いだ。講師を務めたミニ心臓の開発主導者、大阪大の澤芳樹特任教授(70)は「科学の力は世界に貢献する」と力を込める。澤氏自身、1970年の大阪万博で技術の持つ可能性に目を輝かせた中学生当時の経験が今につながる。

オンラインオーケストラのイベント「e-Symphony」で
「We Are The World」を歌う学生ら(9月27日、大阪市此花区)

「音楽で世界を一つに」を主眼に、ウクライナ、ロシアを含む約40カ国・地域の学生200人超とのオンライン合唱を9月末に会場で披露した大阪大学の音楽団体「a-tune(ええちゅーん)」。代表の吉川馨さん(22)は「万博を経験した学生が2025世代と呼ばれ、国境や人種を乗り越えて活躍する日が来たらいい」と話す。

万博の開催は国家プロジェクトとして、国、自治体、民間が多額の費用を投じた。政府が2月にまとめた資料によると、最大2350億円の会場建設費に加え、誘致・機運醸成費、アクセス道路など周辺や関連インフラの整備も含めた総額は10兆円を上回る。

その成否は2.9兆円と試算された経済波及効果や、空飛ぶクルマなど近い将来の実用化を見込む技術の普及、ましてや日本国際博覧会協会が7日発表した運営費1160億円の黒字見通し額230億〜280億円だけで測れるものではない。

大阪万博のシグネチャーパビリオン「null²(ヌルヌル)」(大阪市此花区)

テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を来場者が考える場として、会場中心部に 8館設けられたシグネチャーパビリオンの一つ「null²(ヌルヌル)」を手掛けたメディアアーティストの落合陽一氏(38)は「何十万人、何百万人が感化され、進学先、就職先を選ぶ際の影響を与えただけでも非常に効果があった」と強調する。

万博が描いた世界は「祭りの出し物」とは異なる。未来図を継承し、現実をより良い社会へと変えていく不断の努力が必要だ。70年大阪万博は第2次世界大戦後の日本の高度成長を示し、国際的な地位向上に貢献した。55年後の大阪・関西万博が果たす役割は何か。答えは万博がまいた種を受け取った来場者それぞれの中にある。

(大阪・関西万博取材班)


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