Nikkei Online, 2025年10月15日 10:00

「Gゼロ」の勝利――。米調査会社ユーラシア・グループが2025年の世界10大リスクのトップに挙げた項目だ。グローバルな課題への対応を主導する意思と能力を持ち、国際秩序を保つ国家やその集まり(Group)を欠く状態が深刻化すると見た。
世界は確かにGゼロの様相を呈する。超大国・米国はトランプ大統領の下で内向き志向を強め、民主主義や法の支配、自由貿易の守護者としての責任を放棄しつつある。政治・経済の基盤が脆弱な欧州や日本に、国際統治の空白を埋めるほどのパワーはない。
同社のディレクター、デビッド・ボーリング氏は「Gゼロの概念は、日本の政治を考えるうえでも有用だ」と説く。24年10月の衆院選と25年7月の参院選で敗れた自民党が、政策決定を主導できる政党ではなくなり、不安定な政治的後退期に入ったという。
長く政権を担ってきた政党(Party)が弱体化するばかりか、これに取って代わりそうな政党も現れず、指導力の欠如に苦しむ日本。Gゼロならぬ「Pゼロ」と呼ぶべき状況ではないかとボーリング氏に問うと、「いいフレーズだ」と賛同してくれた。
公明党が自民党との26年に及ぶ連立を解消したことで、Pゼロの混迷に拍車がかかるのは間違いない。自民党の高市早苗総裁が近く首相に指名されても、衆参両院で過半数を割り込む少数与党政権のまま船出する公算が大きい。

ならば連立を組める相手や、個別の政策ごとに協力を得られる相手を探し続けるしかない。野党の立憲民主党、日本維新の会、国民民主党などが足並みをそろえ、政権を奪取できたとしても、綱渡りの政治が続くのは同じだ。
海外の世論調査を見る限り、日本の主要政党に対する国民の不満は予想以上に強い。国際調査会社イプソスによると、「旧来の政党や政治家が私のような(普通の)人々を気にかけない」との回答は25年時点で68%。16年からの上昇幅は29ポイントに達し、主要7カ国(G7)の中では最も大きい。
「ダブル・ネガティブ」。米調査会社ピュー・リサーチ・センターによれば、最大与党と最大野党がともに好ましくないと答えた成人は54%にのぼる。調査対象24カ国の中では、ギリシャの61%に次ぐ2番目の高水準だ。政治とカネ、物価高、外国人問題への対応に憤り、既成政党から新興政党に乗り換えた人たちの声も映す。
2度の選挙でとりわけ厳しい審判を受けた自民党は、右派の高市氏の下で、参政党などに流れた保守層の奪還を目指す道を選んだ。党勢の回復に不可欠だと信じた決断が、穏健な左派に近い公明党の離脱を誘発し、国政の足を引っ張ったと言わざるを得ない。
「イタリアの政治学者ジョバンニ・サルトーリ氏の分類を適用すると、日本は自民党中心の『穏健な多党制』から、有意な政党が6党以上でイデオロギーの開きが大きい『分極化された多党制』に移行しつつある」。早稲田大学の豊永郁子教授はより構造的な不安定さをはらむ政治が続き、合意形成の難易度が増すと語る。
予算案や税制改正案の成立に、少数与党がこれまで以上の労力を費やすのは避けがたい。野党が求める所得税の非課税枠「年収の壁」の引き上げや、減税と給付を組み合わせて低中所得層を支援する「給付付き税額控除」の検討などにはこぎ着けても、本格的な成長戦略や少子化対策、社会保障改革がおろそかになりかねない。

安易なポピュリズム(大衆迎合主義)とは一線を画し、決められる政治をどう担保するのか。衆参両院の過半数を単独で握る政党が出にくいのなら、日本も責任ある連立の可能性を広げ、その経験を蓄積する努力を怠れない。
成蹊大学の野口雅弘教授がいう。「多少の政治空白を恐れず、連立合意の協定づくりに本腰を入れてもいい。自民党の内部でブラックボックスになりがちだった政策論を、他党との開かれた協議で可視化してほしい。何が原則で、どこまで妥協できるのかを、明確に説明すべきだと思う」
千葉大学の水島治郎教授にも尋ねた。「ステイルメイト(手詰まり)を打開する知恵を絞りたい。連立政権を樹立するなら、ビジョンと基本政策を明文化した協定を結び、順守する必要がある。閣外協力も一つの選択肢だろう」
多党化の時代を迎えて久しい欧州では、連立協議に多くの時間をかける国が少なくない。欧州連合(EU)が域内共通の外交・経済政策を担っているために許される熟慮期間で、日本とは事情が異なると断じる向きはあろう。トランプ氏が増幅する不確実性の時代に、政治空白を長引かせるリスクを極小化したいのは確かだ。
しかし連立協議は試練でもあり、チャンスでもあると野口氏は話す。「多様化する民意を、一つの政党が広くすくい取るのは難しい。複数の政党が連立を組めば、『自分の声が政治に届かない』という有権者の不満を和らげる結果にもなり得るのではないか」
ドイツの社会学者マックス・ウェーバー。1919年の講演録「職業としての政治」は、今読み返してみても学べる点が多い。
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫(ぬ)いていく作業である」。Pゼロの日本に必要なのはその姿勢だ。熟議を尽くして多党化の閉塞状態を破る覚悟にほかならない。