外国人に頼る日本、

排外主義を言える状況ではない 苅谷剛彦氏

上智大学特任教授

ポイント
○ 排外主義の裏で外国人労働への依存高く
○ 中国出身人材は AIや DX技術に不可欠
○ 感情の曇りを除く教育は事実の伝達から

かりや・たけひこ
 55年生まれ。
ノースウエスタン大博士。
専門は社会学、
オックスフォード大名誉教授

「排外主義」という言葉が日本の政治の世界でも使われるようになった。英語のxenophobiaの訳語だが、「主義」という言葉が付いているため、何らかの思想をあらわす言葉に聞こえるかもしれない。だがもとの英語は「外国人嫌い」という感情を意味する。

感情があたかも思想として扱われ、それが政治の世界で流通するようになった。危うい傾向である。そしてこの感情の裏には、日本を同質的な社会とみなしたい心情、つまりは単一民族神話への信奉がある。

排外主義とまでいえないものの、日本人との差別化を図る政策が教育界でとられつつある。文部科学省の有識者会議は2025年6月、大学院博士課程の学生への年最大240万円の生活費支給について、日本人に限る方針を決めた。

さらに東北大、広島大、筑波大といった国立大学の授業料が留学生に対し引き上げられる。東北大は留学生の授業料を現行の1.7倍の年90万円に上げる。値上げを可能にしたのは、24年に文科省が国立大授業料の値上げ幅の上限(20%)について、留学生を除外すると決めたからだ。値上げ幅は未定だが、早稲田大も留学生の授業料引き上げを検討している。

これらの政策変更は財政的な理由を主としたものだろう。しかし排外主義とまではいえないものの、日本人優先の政策、日本人と外国人との差別化政策と受け止められる。

イメージの働きは侮れない。このような動きを陰で支えるのが、排外主義に通じる感情の広がりであり、翻ってこうした差別化政策がその感情を強化もする。

◇   ◇

排外主義の広がりとは裏腹に、日本の現実は外国人労働への依存をますます高めてきた。最近の統計によれば、日本に在住する外国人は377万人、全人口の3%を占める。

しかも外国人人口は近年、年に三十数万人ペースで増え続けている。国際協力機構(JICA)による将来予測に目を転じれば、年率1.24%の経済成長を見込んだ場合、生産年齢人口の長期的な減少を埋めるために、2030年には419万人、40年には688万人の外国人労働者が必要になるという。

同じJICAの予測によれば、供給側にあたる来日する外国人労働者の数は、30年342万人、40年には591万人と、いずれも需要側の数字に満たない。

質の面でも日本の未来は外国人材に頼らざるを得ない。経済産業省は今後、IT(情報技術)や人工知能(AI)関連の技術者不足を見込む。企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に対応するためである。

そのDXを進める上で、30年までに最大80万人程度が不足すると予測されている。日本人の18歳人口が35年には96万人まで減る人口動態を背景におけば、この不足がどれだけ深刻かは明白だ。その面でも懸念されるのが、中国からの人材供給という問題である。

高市早苗首相の国会での台湾有事をめぐる発言以来、日中関係が冷え込んでいる。昨年11月に中国教育省は中国の若者に対し、日本への留学を控えるよう注意勧告を行った。どれだけの効力を発揮するかは現時点でわからないが、高度人材の供給源としての中国の存在を考えると、その影響次第で技術者不足がより深刻化する可能性がある。

文科省によれば24年の日本への留学生33万人強のうち、中国からの留学生は12万人余りとおよそ37%を占める。規模の大きさもさることながら、専攻や学生の質の面でも中国人留学生の重要性は軽視できない。

24年の統計では大学院工学系で学ぶ留学生1万5260人のうち、中国からの留学生は9573人と62%を占める。他方、日本人を含む工学系大学院生の総数は7万1119人である。つまりその13%は中国からの留学生ということだ。

海外の労働市場でも通用する工学系の学位は中国人留学生に魅力があり、優秀な学生が志向する。分野別の数字は不明だが、東京大の留学生の67%、京都大の57%は中国人である。その多くは理工系の大学院で学んでいると推測される。

いわゆる高度外国人材の供給源としても中国への依存度は高い。15年以降、政府は高度外国人材への在留資格を増やしてきた。15年に3840人だった高度外国人材在留者数は24年に2万8708人に増えた。そのうち67%は中国からの人材である。

前述の通り30年までに最大80万人程度が不足するIT分野の需要を考えると、高度外国人材への依存が高まることは明白である。質の問題まで考えればなおさら、中国出身の人材へのニーズは大きい。

◇   ◇

日本の行く末について合理的に考えれば、排外主義などと言っていられない客観的な情勢が目前にある。にもかかわらず、心情や感情といった日本の有権者の意識はいかんともしがたい。各種調査によれば、外国人と付き合う経験のある人ほど外国人への親近感が高まるという。中国(人)への意識も同様である。

他方、外国人との付き合いのない人が国民の4割強を占めるという調査結果もある。個人レベルの関係を超え、国と国との関係悪化が外国人への不信感をつくりだす面もある。近年の日中関係が顕著な例だ。

生産年齢人口が今後も長期にわたり減少を続ける日本では、外国人によって日本人の職が奪われるリスクは小さい。さらに外国人の在留者が増えることは、是川夕氏の言う「人口ボーナス」を生む。少子高齢化を乗り切るため、年金や保険制度を支える上でも外国人に頼らざるを得ない。

他方、外国人と日本人の犯罪率には差がないという研究もある。つまり排外主義に結びつく不安は、根拠の乏しい情報による。

だが正確な情報は伝わりにくい。マスメディアの力が弱まり、人々が接するメディアは先入観により異なるようになった。メディアの選好をAIが決めるSNSの影響も強まり、それが政治の世界に及ぶ。接する情報が偏れば、感情の曇りを取り除くことは難しい。

第2次大戦期の日本やドイツを見るまでもなく、社会が危うい方向にかじを切るときは感情をあおる政治が頭をもたげる。それは政治の言葉とともに登場する。排外主義や「○○ファースト」がその典型だ。そして言葉が与えられることで、曖昧な不安は政治的な力を持つようにさえなる。

私自身、24年9月末までの16年間を英国で暮らした「移民」だった。その間に英国は欧州連合(EU)から離脱し、入国管理政策は厳しくなり続けた。

私の勤めた大学は学生も教員も多様な国から来る留学生や外国人が大きな比重を占めた。それだけに大学は差別やハラスメントが起きないことに最大限の注意を払った。
教育で全て解決できるわけではない。それでも「多文化共生」といった理想論だけでなく、私たちが外国人と共にどのように生きているか。まずは事実を知ることが必要だ。


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