日銀のウソは何度まで許されるか
 10年緩和、強弁が支え

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Nikkei Online, 2023年1月23日 5:00

2013年から10年続く日銀の異次元緩和は終幕が近づきつつある。22年12月には前言を翻して突然、緩和縮小に打って出た。黒田東彦総裁は「出口戦略の一歩とか、そういうものでは全くない」と話すが、内部ではその後も幕引きシナリオの議論が進む。偽薬のような制度設計で始まった異次元緩和は、もともと市場の誤解に働きかける仕組みといえる。「ウソも方便」とはいえ中央銀行が失うものもある。

YCCの早期撤廃論浮上

「10 年物国債の金利をゼロ%程度に保つイールドカーブ・コントロール(YCC)は継続十分可能と考えている」。1月18日の記者会見で黒田氏はそう強弁したが、市場は早ければ3月の次回会合でYCCを撤廃するとみる。日銀内でも黒田総裁が退任する4月以降にYCC撤廃を決めるシナリオがある。日銀中枢では22年春頃から緩和縮小の具体的議論が進んでおり、異次元緩和は終幕に向かっている。

22年12月の決定会合では、YCCでの長期金利の上限目標を0.25%から0.5%へと突然引き上げた。黒田氏はかつて、長期金利の上限引き上げは利上げに相当するとして慎重論を強調していたが、12月の記者会見では「利上げではなく緩和の持続性を高めるもの」と真逆の説明をしてみせた。「ずいぶんと国民をバカにした説明」(日銀OB)とみえるが、黒田氏にもそう言わざるをえない事情はある。

1月18日の金融政策決定会合後、記者会見する日銀の黒田総裁=代表撮影

米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)は、緩和縮小時には市場にショックが走らないよう、事前に十分に織り込ませてから利上げに踏み切っている。日銀が逆に緩和縮小をかたくなに否定し続けるのは、市場がYCC撤廃を織り込めば投機筋の国債空売りが膨らみ、金利上昇圧力が止まらなくなるためだ。YCCをスムーズに解除するには、どうしても市場へのウソが欠かせなくなる。

そもそも10年前に始まった異次元緩和は「ウソも方便」で始まった仕組みといえる。「緩和発動時、2%インフレを実現すると説明できる厳密な理論など持ち合わせていなかった」。当時の日銀高官に異次元緩和の制度設計を聞くと、あっさりこう返答した。

当時打ち出したのは「マネタリーベース(資金供給量)と国債保有量を2倍にすれば、インフレ率は2年で2%に到達する」という緩和策。インフレ率は経済活動に参加する誰もが2%になると信じれば、確かにそのまま自己実現する。そのために必要なのは政策のわかりやすさと「見せ金」だった。日銀が本気度をみせつければ、手段は何であれ生活者や市場参加者は物価上昇を信じるはずだ、という政策思想がある。

気合と期待の限界

ところが、その気合は空回りした。利上げ局面なら政策金利をいくらでも引き上げられるので、市場も中銀の気合を信じることができる。逆にゼロ金利制約下の金融緩和の場合は、手段に限界があって本気度を信じ切れない。2%インフレの自己実現論は機能せず、異次元緩和は長期戦を余儀なくされた。実体経済面でみても、もともとゼロ近傍だった金利に下げ余地はなく、投資や消費の押し上げ効果も限定的だった。

2013年の異次元緩和の発動時は、マネタリーベースを2年で2倍に増やし、
インフレ率を2%に高めると主張した

金融市場は期待で動く面もある。13年の異次元緩和の発動後は円安が一時的に進んだ。背後にあるのは、マネタリーベースの増減が為替相場に影響するという「ソロス・チャート」。1980年代の金融自由化でその論理構成はもはや成立しないとされるが、市場の大半が同チャートを信じれば自己実現する。期待というより誤解に働きかける政策といえるが、市場環境の改善は異次元緩和の一つの成果になる。

心理に働きかけて経済を動かしたい政策当局者にとって、強弁と多少のウソはつきものではある。ただ、当局がそれを必要悪と割り切って強弁を続けると、2つの点で問題が強まる。1つはもちろん当局者の言うことを誰も信じなくなることだ。黒田氏が「出口戦略ではない」と主張しても市場はもはや信用しない。投機筋はYCC終了を織り込んで繰り返し国債の空売りで攻撃をかけるだろう。

もう一つの問題は、当局者が真のリスクをきちんと説明できなくなることだ。金利の規律が失われた日本経済は債務膨張などで危ういバランスにある。それでも緩和効果を強気に信じ込ませたい日銀は、副作用に対して自ら警鐘を鳴らせない。中央銀行の信認という側面では、この問題の方が深刻だろう。

異次元緩和の10年目、政府・日銀が最も警戒したのは急激な円安による海外へのキャピタルフライト(資本逃避)にあった。国内マネーによる国債の安定消化は、小さな穴も空けられない。財務省は異例の円買い・ドル売り介入に動き、日銀にも「黒田さんはいつまで意地を張っているのか」(財務省高官)と緩和修正を暗に求めた。

終盤に入った異次元緩和。日銀はあらゆる年限の金利をコントロールしようと再びもがいている。異次元緩和の体面は保てるだろうが、金利が潰れれば市場に浮かぶはずの経済変調の芽は検知すらできなくなる。日銀の次期体制に求められるのは、改めて日本経済の実相を解明し、その正確な処方箋を描き直すことだろう。信頼を取り戻すのは、その先の作業だ。

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