Nikkei Online, 2024年9月2日 2:00
8月に入り、スーパーなどの小売店でコメやパックご飯の購入量が例年の1.5倍に増えたことがわかった。品切れを懸念し、多くの消費者が商品の確保に走った。混乱の裏側には、供給を抑え米価の維持を優先する旧来型の農業政策がある。今こそ政策を見直す好機といえる。
全国のスーパーなどの販売情報を集めた日経POS(販売時点情報管理)を分析した。うるち米とパック米の購入点数をみると、2023年の平均と比べ8月の第1週と第2週はそれぞれ4〜5割増えた。
南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の発出や台風のあった8月に入り、急激に需要が高まり消費者の間で買い込みが起きたことがわかる。
なお、首都圏と近畿についてみると、伸び率は8月第1週に比べ第2週は鈍化しており、一部に買いたくても買えない傾向が出ている可能性もある。
出回るコメが減った理由は昨年の猛暑だ。米粒の白濁などの高温障害が発生した。温暖化で今後も同様のリスクがあるが、全国のコメ作付面積における高温耐性品種の割合は23年で14.7%にとどまる。
コメは品種によって水の必要な時期が異なる。新潟県ではコシヒカリを中心にして、水を管理している地域が多い。場所によっては圃場に水を入れたり止めたりする時期が慣習として決まっており、個別農家の判断だけでは品種変更がしにくい。
コメの需給バランスは今年に入り黄信号がともっていた。コメ卸は「年明け以降、思いのほかコメが少ないと気づき始めた」と振り返る。卸業者の間で余剰分を取引する卸間取引(スポット)では出回るコメが減少し、取引価格は4月以降高値が続いていた。
スポット買いに頼る一部のドラッグストアやスーパーは調達が難しくなった。これらの店で買っていた人が他の量販店に流れ、店頭での品薄感が広がっていった。
24年6月末の民間在庫量は前年に比べ21%減の156万トンと、統計を開始した1999年以降で最低水準となっていたが、特段対策はとられなかった。
宮城大の大泉一貫名誉教授は、農林水産省が備蓄米の放出に消極的な姿勢であることに疑問を示す。「備蓄米について柔軟な運用姿勢を見せるだけでも、在庫の偏在解消や流通の円滑化を見込める」と語る。
コメの値段は上がる一方だ。日経ナウキャスト日次物価指数では、うるち米を中心とした「穀類」の値段は8月28日に前年比で40%を超えた。217品目で最も高い伸びだ。
2024年の新米も価格は高めだ。JAグループが農家に支払う概算金は主産地の新潟や北海道などで、前年に比べ2〜4割上がった。コメ価格の上昇は短期的には農家の所得向上につながるものの、消費者のコメ離れを加速させる。需要減が生産抑制につながる悪循環に陥り、結果的に日本の食料供給の基盤が弱くなる。
繰り返される異常気象や、ロシアのウクライナ侵略などの地政学リスクもあり、食料価格は世界各国で上昇する。食料の安定確保は世界各国で重要な課題だ。
今なお日本のコメ政策は米価の安定を第一に掲げ、生産を抑える政策が中心にある。24年度はコメ農家が麦や大豆、飼料用米などを作った場合にお金を配る事業に約3000億円の予算を計上した。
米作に意欲的な農業の担い手を増やすことに力点を置けば、農家の所得向上と供給力の確保が実現する。農林水産省の分析では、大規模な農家ほど生産性が高まる。コメの生産コストは 0.5〜1.0ヘクタールで60キログラムあたり2万円を超すが、15〜20ヘクタールは1万円強と半分になる。
10年間でコメの国内需要は1割減ったが、海外に目を向ければ新たな需要も開拓できる。24年上期(1〜6月)のコメの輸出額は前年同期から3割増えた。今回の店頭の品薄は過去最多ペースで増えるインバウンド(訪日外国人)の外食需要の高まりもあった。
各地で新米が出そろう9〜10月にかけてコメ不足は一服する見通しだが、慢性的な供給力の低迷が進めば来夏に再び混乱が起きかねない。コメを巡る政策は今こそ転機と言える。
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