岸田流「新しい資本主義」の正体 分配強化、影潜める改革

<<Return to Main

Nikkei Online, 2021年10月2日 2:00


自民党の新総裁に選出され、前任の菅首相に花束を贈る
岸田文雄氏(29日、東京都港区)

岸田文雄新首相が4日に誕生する。経済政策の看板は「新しい日本型資本主義」だ。これを自民党総裁選で「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換することだ」と宣言した。規制緩和・構造改革が経済成長の半面で「格差と分断も生んだ」と指摘。成長と分配の好循環による「令和版所得倍増」を説くが、「改革」はどこへ行ったのか。

岸田氏はデフレ脱却への大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略のアベノミクスで「経済の体質強化は実現できた」と評価し、3本柱を堅持する。「財政健全化の旗は降ろさないが、順番を間違えてはいけない」と強調。新型コロナウイルス禍が続く当座は「数十兆円規模の経済対策を年内に策定する」と積極財政を続ける。中小企業などへの持続化給付金や家賃支援給付金の再支給を総裁選では公約した。

経産省から首相秘書官

安倍晋三前政権は当初の3年、規制改革を重視し、大企業などが富めば、その泉が社会全体に滴り落ちるというトリクルダウン論に立っていた。新自由主義的な一面だが、中期以降は「官製春闘」「一億総活躍」「同一労働同一賃金」などで「成長と分配の好循環」路線に移行した。岸田氏はこの修正アベノミクスの「分配」を加速する。

同時に前政権では、強大化する中国と対峙するには市場任せでは済まず、国家資本主義的ともいえる産業・政治・行政の協調が不可避との危機感も強まった。だから、経済産業省出身者を政策運営の中軸に据えた。岸田氏も経済安全保障の推進や「自由で公平なデータ流通」を掲げ、首席首相秘書官に嶋田隆元経産次官を起用する。これらの大枠では「安倍継承」の色も濃い。

ただ、小泉改革の司令塔だった竹中平蔵慶大名誉教授が民間議員を務める首相官邸の成長戦略会議は廃止する方向。新たにコロナ後の経済社会ビジョンを描く「『新しい日本型資本主義』構想会議(仮称)」を置く。内閣府の規制改革推進会議も「デジタル臨時行政調査会(仮称)」へと衣替えする。

首相直轄の国家戦略特区諮問会議の今後も焦点だ。竹中氏らが参画し、大胆な規制改革による街づくり「スーパーシティ」構想などを進めてきたが、新自由主義の転換とは摩擦もはらむ。

新政策実現は参院選後

岸田氏は11月に衆院選に臨む。政権を維持すれば、12月はすぐ2022年度予算編成だ。年明けから22年前半は通常国会に直面し、夏に参院選が待つ。独自カラーの政策の実現に本腰で取り組むのは、参院選を乗り切ってからだ。

分配重視の象徴は、株価にも関係する「金融所得課税の見直しなど『1億円の壁』の打破」だ。「壁」とは所得・住民税の負担が所得1億円近辺でピークに達し、それ以上の富裕層では下がる現象を指す。給与所得は税率が最高55%まで累進的に上がるが、株式譲渡益や配当金は一律20%。富裕層で割合が大きいこの金融所得の低率分離課税が格差を広げた、と岸田氏は見る。

描くのは「幅広い層の所得を引き上げ、消費を喚起することが次の成長の呼び水になる好循環」だ。介護士、保育士などの公的に決まる賃金を引き上げるため「公定価格評価検討委員会(仮称)」を設けて検討を急ぐ。子育て世帯の教育・住居費の支援強化も併せ「令和時代の中間層復活」を訴える。

総裁選では、基礎年金の財源を全額、消費税増税で賄う河野太郎氏の提案に強硬に反対した。代わりに打ち出すのが「勤労者皆社会保険」構想だ。正規雇用か非正規雇用かにかかわらず、企業で働く人は誰でもその企業の厚生年金や健康保険に加入させる政策で、将来の安心を担保する成長戦略の一環と考える。企業の保険料負担は増える。

福祉政治論に詳しい宮本太郎中央大教授は近著「貧困・介護・育児の政治」で、日本の新自由主義的政策は一貫したイデオロギーや特定の政治勢力が推進するわけではない、と説く。「もっと構造的で、根深い」磁力のようなバイアスが働いてきた、と見立てる。

その1つは恒常的な財政危機だ。主要国で最大の長期債務残高を抱え、高齢化で社会保障支出も増え続けるので、財務省が常に歳出抑制に全力を挙げる。租税負担率は主要国で最低水準だが、納めた税が福祉で再分配される実感より「重税感」と政治・行政不信が国民に強く、負担増政策の壁も高い。

岸田氏も消費税増税を10年程度は封印するという。それでも財政健全化の旗は降ろさないのなら、歳出抑制の磁力からは逃れられない。総裁選政策集で潜在成長率を高める供給側の「改革」が影をひそめたのも見過ごせない。

 

<< Return to PageTop