新総裁、台湾有事視野に備えを アジアで30年に米中逆転

自民総裁選2024 リーダーの試練

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Nikkei Online, 2024年9月6日 2:00

日本周辺の安全保障環境が厳しさを増している。中国は日米の想定を上回るペースで軍備を増強しており、台湾有事の「2027年説」が現実味を帯びる。次の自民党総裁は任期の3年間に重大な局面に直面する可能性がある。30年に中国の軍事力が東アジアで米国をしのぐ事態にも備えなければならない。

リーダーに問う覚悟
・有事に備えた計画策定で指導力を発揮できるか
・防衛力強化の財源論について早期に結論を出せるか
・米中対立が続く中で欧州・アジアとの関係を強固にできるか

自民党総裁は首相として自衛隊の最高指揮官に就く。有事の際に20万人以上の自衛隊員を動かす。決断力を備えているか、官民を挙げたリスクへの備えを進める指導力を持ち合わせているか。総裁選でリーダーの資質が問われる。

岸田文雄政権の功績と評価されるのが安全保障戦略の転換だ。

敵のミサイル発射拠点をたたく反撃能力の導入や防衛費の大幅増など、これまでの政権が手を付けてこなかった「聖域」に斬り込んだ。世界標準の安保政策を持つようになったと評される。米欧が日本の対応を認め、外交上の発言力を高めた。

それでも東アジアの軍事バランスの変化は日本や米国の想定以上にスピードが速く、日本がこのままの状態で国益を守っていけるのかには疑問符が付く。

8月26日、中国軍機による日本領空への侵犯が確認された。これまでも無人機などが日本の防空識別圏に進入する事例はあったが初めて一線を越えた。中国は海上でも日本への挑発を続ける。

沖縄県・尖閣諸島周辺で中国海警局の船が相次いで領海侵入し、22年8月は初めて日本の排他的経済水域(EEZ)内に弾道ミサイルを撃ち込んだ。日本も有事を他人事とは言っていられない。

米インド太平洋軍のアキリーノ前司令官は3月、退任前に米議会で中国人民解放軍による軍備増強の実態を証言した。3年間で戦闘機を400機強、大型軍艦を20隻ほど増やし、弾道・巡航ミサイルの備蓄も倍増させたと説明した。

「すべての兆候は、27年までに台湾侵攻の準備を整えるという習近平(シー・ジンピン)国家主席の指示に対応している」とも発言した。

米海軍などが20年末にまとめた戦略は「今後10年間、海上での優位性を確保し国益を守るための備えができていない」と分析し、米国が30年までにアジアで海上の優位を失う危険性を示した。

台湾有事は海上戦が激しくなると予測される。海上優位を保てなければ抑止力が働かない。中国の保有艦艇の総重量は236万トンと5年間で2割ほど増えた。核を積み込んで動く潜水艦も増やしている。

中国は戦闘機や爆撃機などを含む「作戦機」を3240機持つ。すでに東アジアで圧倒的な勢力を誇る。核弾頭は500発程度を保有し、30年には1000発以上に増えると予想される。

日本の対応が遅れていると指摘されるサイバーや情報戦は中国やロシアが能力を高めている。

次の首相を実質的に選ぶ自民党の総裁選では、アジアでの軍事衝突への備えを候補者らが具体的に論じる必要がある。

台湾有事になれば日本も甚大な影響を受ける。笹川平和財団が台湾有事の机上演習をベースに5日時点で推計したデータによると、日本の死傷者は自衛隊2500人、民間人が数百から千人に上る。

日本政府は台湾が攻撃を受けた後、「存立危機事態」と判断し、米軍による日本国内の基地からの戦闘行為に同意する。自衛隊はイージス艦や戦闘機が軍事作戦を担う想定だ。在日米軍基地や自衛隊基地への弾道ミサイル攻撃などで甚大な被害が出ると予測した。

経済活動も影響が避けられない。中国や台湾から調達している重要部品や原材料などの供給が止まった場合にどうやって事業を継続するのか。現地に進出している日本企業は従業員や家族らの退避計画も欠かせない。

中東・インド方面から台湾の脇を通って日本に至るシーレーン(海上交通路)は台湾有事になれば安全が脅かされる。日本が輸入する原油の9割超はサウジアラビアなど中東産で大半が台湾沖を通るルートを使用する。

有事の具体的な準備をする企業はまだ少ない。

東京商工リサーチの2月の調査によると、台湾有事を想定している企業は37.5%だった。想定している企業でも、76%は対策を講じていないと回答した。

有事の備えには国民の理解が欠かせず、首相の指導力が問われる。官民を挙げて事業継続計画(BCP)策定などの準備をどう加速させるのか、総裁選で明確なビジョンを競い合うべきだ。

首相は有事になれば時間や情報が限られる中でも、適切な決断を下す資質が求められる。

慶大の神保謙教授は「決断を先送りできない差し迫った有事では、首相に託す作業がより重くなる。外交・安保の経験者でなくてもいいが、決断力、胆力は持っていなければならない」と語る。

米国の核兵器や通常兵器で日本への攻撃を思いとどまらせる拡大抑止も日米協議の場を事務レベルに加えて閣僚レベルでも作った。

日本で「タブー視」されがちだった核の議論はロシアによるウクライナ侵略で重要性が高まった。「核の運用問題では国民から負託された政治家が国民の生命への責任を負う」(神保氏)

候補者たちは総裁選での発言を通じ、そうした決断力や胆力を備えているかが試される。

(三木理恵子)

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