海外の経済学者の知見注入 政府、成長戦略のヒントに

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Microsoft News, 2021年8月30日 5:00


チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン
「両利きの経営」(東洋経済新報社)

政府が経済政策のヒントを得るため、海外の優れた学者らに積極的に接触し始めた。加藤勝信官房長官は7月29日、経営学者のマイケル・タッシュマン米ハーバード大教授、チャールズ・オライリー米スタンフォード大教授2人とオンラインで意見交換した。8月23日には著名な経済学者である米マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授とも議論した。新型コロナウイルスが収束した後の成長に向けた政策を模索する。

「頂いた視座、示唆を踏まえて成長戦略を進めていきたい」。政府の成長戦略会議の議長を務める加藤氏は29日の意見交換後、記者会見でこう語った。タッシュマン、オライリー両氏は経営学の名著「両利きの経営」の著者だ。既存事業を強化しつつ、従来とは異なる組織能力が求められる新規事業を開拓する方法について、失敗例や成功例を分析した。

日本企業は米国企業に比べて営業利益に対する設備投資や研究開発の投資の比率が低い。現預金が積み上がり、イノベーション(変革)に向けた投資につながっていない。加藤氏が問題意識を伝えると、両氏は「スタートアップよりも資金や人材など多くのアセット(資産)を持っている大企業にこそ変革を生み出すポテンシャルがある」と述べ、大企業の変革を促す必要があるとの認識を示した。

会議をアレンジしたのは、成長戦略会議を事務レベルで取り仕切る新原浩朗・内閣官房成長戦略会議事務局長代理だ。米国留学時に経済学、経営学を学び、企業経営に関する著作もある。面識のあったタッシュマン氏にメールで頼み込んだ。

新原氏の狙いも、大企業の変革にある。スタートアップの支援は大切だが、それだけでは日本経済の活性化は難しい。優秀な人的資産などを持つ大企業が成長する政策が必要だと菅義偉首相や加藤氏に訴える。

「両利き」ではリーダーシップの重要性が繰り返し強調される。変革を促す政策とは何か。予算や税制か、それとも規制改革か。問題意識を政権幹部に共有してもらい、政策立案のヒントにしたいという思いがあった。「(海外の研究者と)直接話して皮膚感覚で理解した方がいいですよ」。新原氏の加藤氏への助言がきっかけとなった。

アセモグル氏は人工知能(AI)やロボットなどの自動化技術が雇用や賃金に与える影響を分析した。一部の業界では進化が打撃となる。自動化一辺倒ではなく、良質な雇用機会を増やし、経済的繁栄がより広く共有される「人に優しい技術」に比重を移すべきだとの立場だ。


ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン
「国家はなぜ衰退するのか」(早川書房)

アセモグル氏は共著「国家はなぜ衰退するのか」で、包摂性のある政治・経済制度が国家の命運を握ると主張する。過剰な自動化を避けるために、規制は必要なのか。生産性や労働需要を高める「優しい技術」をどう新たに興せばよいのか。日本ではどんな労働政策が望ましいのか。そうした考えを念頭に議論したもようだ。

ハーバード・ビジネス・レビュー誌で「競争戦略より大切なこと」「所得不平等の構造」などの論文を公表し、世界的に注目される経済学者であるスタンフォード大のニコラス・ブルーム教授ともオンラインで会う可能性がある。「テレワークの生産性などについて聞きたい」(新原氏)からだ。米国の企業や政府の取り組みに日本が学べることはないか探る。海外の有識者とは計4回程度の面談を想定する。他にグリーン分野の有識者との接触も模索しているようだ。

いずれも簡単に個別の政策にできるほど、単純な課題ではない。だからこそ新原氏らスタッフは、現代の有力な知識人を政権を担う政治家に引き合わせようと考えた。世界の経済学、経営学の最前線を肌で感じ取ってもらい、レベルの高い政策論議を政府内で増やす狙いだ。

コロナ禍で出張やリアルな会合が減り、特に海外とのやりとりはオンラインが主流になりつつある。海外の学者にも接触しやすくなった。日本の政治家や官僚は東大や早大など、日本の有力大の研究者をブレーンにすることが多かった。現代の政策は多様性や包摂性の観点が問われる。海外の知識人からも積極的に意見を取り入れる試みが定着すれば、政策立案により刺激を与える可能性がある。