脱炭素の主役、世界競う 日米欧中動く8500兆円

第4の革命 カーボンゼロ(1)

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Nikkei Online, 2021年1月1日 0:13

世界がカーボンゼロを競い始めた。日本も2050年までに二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出を実質ゼロにすると宣言した。化石燃料で発展してきた人類史の歯車は逆回転し、エネルギーの主役も交代する。農業、産業、情報に次ぐ「第4の革命」を追う。


中国最大級の太陽光発電基地、ダラト太陽光発電所
(内モンゴル自治区オルドス市)

生き物の気配がしない氷点下10度の砂地にかすかな金属音が響く。ギギ、ギギ。発電パネルが光を追う。北京から西へ700キロ、中国最大級のダラト太陽光発電所だ。

完成時には広さ67平方キロメートルと山手線の内側に匹敵し、原発2基分の200万キロワットの発電能力を備える。コストは1キロワット時で4円強と日本の太陽光の3分の1を下回る。立地する内モンゴル自治区オルドス市は半分が砂で覆われ、黄砂の発生源でもある。発電所を管理する庫布斉砂漠林業の王海峰・副総経理は「砂漠に経済を求め、黄砂の地で価値を生む」と話す。

世界の太陽光の発電量に占める中国の比率は2010年の2%から18年に32%まで急上昇した。世界で新設される設備の4割は中国だ。習近平(シー・ジンピン)国家主席が昨年9月にCO2の「60年ゼロ」を表明すると投資はさらに過熱した。太陽光パネルを作るガラスが足らず、パネル大手6社がガラス不足の解消を政府に陳情した。

太陽光パネルはジンコソーラーなど中国勢が世界上位を独占する。日本市場も13年は国内製品が7割だったが、19年は中国など海外製品が6割を占めた。巨大な内需を背景に中国は価格競争力をさらに高めつつある。

カーボンゼロの奔流が世界を動かす。国連環境計画によると世界の 3分の2にあたる 126の国・地域が CO2など温暖化ガスの実質ゼロを表明した。米国も追随すれば、温暖化ガス排出量で世界の63%の国・地域がゼロを約束する。

50年までのカーボンゼロは世界の気温上昇を1.5度に抑えるのに必要な温暖化ガス削減の道筋だ。気温は産業革命後、約1度上がった。このままでは30~50年に上昇幅が1.5度になる。相次ぐ熱波や洪水、山火事が地球の異変を告げる。

世界の企業はCO2を減らす新技術でしのぎを削る。アイスランド南西部のヘッドリスヘイディ。火山の熱で発電する地熱発電所の脇で世界初の工事が進む。春には直径が約1メートルの吸気ファンを24基そなえた装置(冒頭の写真はスイスの設置例)を4つ備えつける。大気中のCO2を吸い込み、地下2千メートルで岩に変える。

吸い込んだ空気からCO2だけを特殊フィルターで吸着する。CO2は水に溶かし、地下の鉱物と反応させて固める。9割以上のCO2を半永久的にとじ込め、漏れる恐れも小さいという。事業をてがけるクライムワークス(スイス)の創業者、ヤン・ブルツバッハ氏は「大規模なCO2除去が可能かつ必要ということを証明する」と意気込む。

日本にも潜在力はある。知的財産分析のアスタミューゼ(東京・千代田)によると、18年のCO2排出削減の国外出願特許で日本は約1万5000件と2位の米国の1.7倍ある。09年から10年連続の首位だ。水素関連の特許でも、日本は2位グループの韓国や米国、ドイツを引き離し、01年から首位が続く。

「太陽光だけで走れる車をめざす」。シャープの高本達也・化合物事業推進部長は話す。開発中の新型太陽電池は薄くて軽く、太陽光を電気に変換する効率も30%を超す。プラグインハイブリッド車にのせると1日の充電分で56キロ走る計算だ。ガソリンも充電もいらない車が視野に入る。

横浜市の三菱ケミカルの研究所。光触媒で水を分解して取り出した水素をCO2と反応させ、プラスチックや化学繊維の原料をつくる実験が進む。あたかも植物の光合成のようにCO2を「消費する」試みだ。

水に浸した白いシート状の触媒に光をあてると、電気なしで水を水素と酸素に分解する。複数の化学大手と東大や信州大などが共同開発しており、三菱ケミの瀬戸山亨エグゼクティブフェローは「CO2を資源にする技術だ」と話す。

日本、米国、欧州連合(EU)、中国の公的機関や有力大学の試算を集計してみた。カーボンゼロには21~50年に4地域だけでエネルギー、運輸、産業、建物に計8500兆円もの投資がいる。海外の技術や製品に依存して単なるコスト負担になるか、市場として取り込んで経済成長につなげるかで、国家や企業の命運が左右される。

人類は18世紀の農業革命で穀物生産を伸ばし、産業革命では工業生産を飛躍的に増やした。20世紀末の情報革命は社会をデジタル化し、経済や雇用の姿も変えた。カーボンゼロは人類の営みでこれまで増え続けたCO2を一転して減らす革命で、世界の産業や暮らしのあり方も塗り替わる。

カーボンゼロは総力戦になる。菅義偉首相が「50年に温暖化ガスの排出を実質ゼロにする」と宣言し、日本もようやく官民が足並みをそろえた。第4の革命はその復権をかけた挑戦の舞台になる。