「蓄電所」になるNTT 企業価値決するGX

第4の革命 カーボンゼロ(2)

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Nikkei Online, 2021年1月3日 0:10


岩手県宮古市は震災を教訓に、
太陽光など再生エネの発電量を増やしている

通信インフラで大量の電気を使い、使用電力が国内発電量の1%を占めるNTT。 脱炭素のプレッシャーをバネに変貌を遂げようとしている。

戦略の一端が見えたのが2020年11月、東日本大震災でエネルギー供給網を寸断された岩手県宮古市との提携だ。震災を教訓に消費エネルギーの約3割を太陽光発電など市内の再生可能エネルギーでまかなうが、連携することで50年に100%へ高める。

NTTの強みは全国に展開する約7300の通信ビル。再生エネ発電は自然環境に左右され需給調整が難しい。ビル内に大容量の蓄電池を置いて「蓄電所」となれば、地域の再生エネ発電の受け皿となれる。全国に1万台強ある社有車は電気自動車(EV)に切り替え、災害時は病院などの施設をバックアップする。

「自らの手で再生エネを増やし、各地のエネルギー需給の調整役も目指す」とNTTの澤田純社長は話す。分散する再生エネ発電所をITの力でつなぐ次世代の電力インフラ、仮想発電所(VPP)事業に三菱商事と組んで参入。30年度までに大手電力に匹敵する規模の再生エネを開発し、企業や自治体に供給していく。

NTTに限らず、大企業がこぞってデジタルトランスフォーメーション(DX)ならぬ「グリーントランスフォーメーション(GX)」に動き始めた。日経平均株価の構成銘柄(225社)のうち少なくとも39社が温暖化ガス排出ゼロの目標を設定した。39社合計の時価総額は225社全体の約2割にのぼる。引き金を引いたのは、菅義偉首相だ。

「発想の転換が必要だな」。首相は20年9月の就任まもなく、50年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げた。官房長官時代に小泉進次郎環境相から、120を超える国・地域が「50年までの排出量ゼロ」を掲げていると聞き、胸に秘めた政策だった。

ガス排出量の多い製鉄業界は自民党に近く、政治資金団体への献金も自動車や電機などに次いで多い。ゼロ目標は製造業から反発も予想されたが、国民の支持を得ながら産業構造の転換を促し、経済対策にもなるという読みもあった。

菅政権の決断にせかされ、カーボンゼロに走り出す産業界。世界ではすでにGXが企業価値を決し始めている。

「世界的な再生可能エネルギー企業への事業転換を完了した」。20年10月、デンマークの電力大手オーステッドのヘンリク・ポールセン最高経営責任者(CEO、当時)はこう宣言した。国内の電力・ガス小売部門などの売却を終え、今後は洋上風力を中心とした再生エネで収益を稼ぐことになる。

化石燃料による発電が主力だった同社は、デンマークの温暖化ガスの3分の1を排出する「黒い企業」(ポールセン氏)の代表だった。09年ごろから掲げ始めた脱化石燃料戦略を「黒から緑への転換」というスローガンで推し進めたのが、12年にCEOに就任したポールセン氏だった。

ポールセン氏は20年末に退任したが、19~25年の7年間で再生エネに2千億クローネ(約3兆4千億円)を投資する計画は残る。再生エネの総出力は30年までに原発30基分の3千万キロワット以上に増え、二酸化炭素(CO2)の排出量は06年から25年にかけて98%削減する。

こうした戦略を投資家も好感する。時価総額は16年の上場時の約5倍の約9兆1千億円に増え、かつて仰ぎ見た英石油・ガス大手の BPを追い抜いた。米国でも再生エネルギー大手のネクステラ・エナジーが一時、時価総額でエクソンモービルを逆転。カーボンゼロを制する者が世界を制す時代は、もう来ている。

先進国の大手企業が GXを急ぐのを尻目に、日本のスタートアップはアフリカを目指す。20年12月、電力の普及も遅れるガーナで、太陽光パネルやスマートメーターの設置が進められていた。ブロックチェーン(BC)で技術力のあるインディテール(札幌市)が、ドイツの大学やスタートアップと共同でプロジェクトを主導している。


インディテールはガーナで小規模送電網を構築する

小規模な送電網でつながれた各施設は、太陽光パネルと蓄電池により自前で発電しエネルギーを自給。電力の過不足は建物どうしで電力を売買し、取引をBC技術で記録する。BCで取引の信頼性を高め、再エネの導入や売買を促す。5月までに人工知能(AI)が需要や電気機器の負荷に応じて取引価格を柔軟に算定する仕組みも作る。

ガーナは石油の商業生産を開始し電力需要が急拡大する一方、電力インフラを支える設備が老朽化しており停電が頻発している。インディテールの欧州拠点のトップを務めるオレグ・パンコフ氏は「技術を確立して22年夏ごろをめどにパッケージで他地域に売る。まずはアフリカ市場、さらに他の国へと展開したい」と意気込んでいる。

「電力の地産地消で不足に備え」澤田純・NTT社長


エネルギー自給率向上の重要性を語る澤田氏

新型コロナウイルスの感染拡大や保護主義の高まりで、グローバリズムに歯止めがかかった。貿易や人の移動に制限がかかると、自立がより重要になる。日本のエネルギー自給率を高めないと、電気通信の自立もできない。経済安全保障の問題だ。2019年は千葉県で大雨災害の停電が続き、携帯3社のサービスが止まった。通信の自立、災害対応力を強め、環境負荷を下げるため、再生可能エネルギーを活用したい。


NTTは2030年にグループ全体の消費電力の3割を再生エネにする。現在は全体の約1割だが、風力と太陽光を中心にした自前の発電にも力を入れていく。洋上風力発電はNTTとして経験がないが、提携している三菱商事と共同参入の議論を進めている。


30年度にグループで現在の25倍の最大750万キロワットの再生エネの発電を考えていたが、地元との連携や収益も重視して、発電容量の計画は下げる方向で検討する。自治体と連携して環境影響評価(アセスメント)を丁寧にすすめ、再生エネ事業でも投資の収益性を判断する目安として内部収益率(IRR)5%以上を指標にしていきたい。


赤字で投資を回収できないと、健全に事業を続けることができなくなる。送配電は既存の電力会社のインフラをできるだけ活用していく。まず自らの消費電力で再生エネを増やしつつ、地産地消のエネルギー需給の調整役を目指す。


NTTは全国に7300の通信ビルと1500のオフィスビルを保有している。それを強みに各地で電力をためる役割を担っていきたい。電話交換機のある通信ビルの空いたスペースに大きな蓄電池を置けば「蓄電所」になり、他社のグリーン電力の受け皿にもなる。各地域のバックアップ電源として、災害や電力不足のときに公共施設や病院などに電力を供給する仕組みを増やす。


これから高速通信規格「5G」が普及すると、スマートフォン、多様なウェアラブル端末が増える。ありとあらゆるモノにセンサーが付き、膨大なデータを処理するサーバーの電力も急激に増える可能性がある。世界共通の大きな課題として通信インフラの消費電力を圧倒的に下げる省エネルギーの新技術が求められている。


NTTはデータの伝送手段を電気信号から光信号に変え、通信や情報処理にかかる消費電力を100分の1に抑える次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」の研究を進めている。光半導体は電気信号よりエネルギー効率が高く、熱を冷やすコストがいらない。5年から10年の期間で、米インテルなどと共同で実用化を進める。コンピュータや通信ネットワークで、圧倒的な低消費電力を実現していく。


長期的には太陽と同じ「核融合」と呼ばれる反応を地上で再現し、巨大なエネルギーを取り出す国際プロジェクトの革新的な技術に期待したい。20年に日本の民間企業として初めて、日米欧ロに中国、インド、韓国を加えた世界7極が共同で進める国際熱核融合実験炉(ITER)の計画に参画した。核融合炉とコントロールセンターをつなぐ超高速大容量の通信などを提供して、実現を支援する。


(聞き手は工藤正晃)
さわだ・じゅん 1978年に日本電信電話公社(現NTT)入社。技術畑でグローバル事業をけん引。18年に社長に就き、グループの再編を加速。19年にはエネルギー事業の統括会社を新設し、再生可能エネルギーの利用に力を入れている。