カーテンで発電する日 「緑のエネ」新秩序の礎

第4の革命 カーボンゼロ(3)

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Nikkei Online, 2021年1月4日 0:10


「ペロブスカイト型」という太陽電池は
液体の原料を塗るだけで薄く透明に作れる

カーボンゼロが告げるのは新たな電化社会の到来だ。車が電気で動くようになり、世界の電力需要は2050年にいまの2倍になる。しかも二酸化炭素(CO2)を排出しない電気が必要だ。「緑の電力」を増やす闘いが始まっている。

「あらゆる場所を太陽電池で埋め尽くせる」。東芝の都鳥顕司・シニアエキスパートはフィルム型の太陽電池の開発で手応えをつかんだ。電気を生む効率は世界最高の14.1%。ビルの壁面や電気自動車、自動販売機、スマートフォン、衣服、カーテン――。どこにでも設置できる。

新型の太陽電池は「ペロブスカイト型」と呼ぶ。液体の原料を塗るだけで薄く透明に作れる。重くて硬い現在の太陽電池に代わり、街中を再生可能エネルギーの「発電所」に変える。

ここ10年余りで発電効率を急速に高め、今の太陽電池の20%台に迫る。米スタンフォード大学のチームは製造法の革新で、1キロワット時あたり2円前後と最も安い再生エネの1つになるとみる。

ペロブスカイト型太陽電池を09年に発明したのは桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授だ。ノーベル賞候補にも挙がる。「中国はこの電池の研究者が1万人はいる。日本の10倍超だ」。日本が太陽電池の性能で先んじながら、市場の獲得で海外勢に敗れた苦い過去が頭をよぎる。発電の適地が限られる都市部などでペロブスカイト型は不可欠。日本発の技術で再び負けるわけにはいかない。

エンジンを止めた漁船は数分で何十メートルも流された。「潮が速すぎるけん、漁をする人も少ないとよ」。長崎県五島列島の海峡「奈留瀬戸」。地元の漁師がそう話すほど速い潮の流れを生かし、国内初の「潮流発電」の準備が進む。

海底でプロペラを回し、発電機を動かす。「天気に左右されず発電量を計算できる」。環境省から実証事業を受託する九電みらいエナジーの寺崎正勝常務・事業企画本部長は話す。太陽光並みの発電コストとはいかないが日本近海には原子力発電所20基分の潮流エネルギーが眠るとみられる。

米国のバイデン次期大統領は35年までに電力を脱炭素化する方針だ。電力部門の投資額は30年に世界で2兆2000億ドル(約230兆円)と19年の約3倍になる見込み。どの国も電力と脱炭素の二兎(にと)を追う。

再生エネを手にした国は「成長か我慢か」という二者択一の議論に終止符を打てる。エネルギーのコストがかさめば、国の競争力低下を招く。再生エネ比率を約5ポイント増やすのに、ドイツは年3000億円の国民負担で済ませたが、日本は年1.8兆円に膨らんだ。

カーボンゼロの電化社会は内燃機関にも電化を迫る。英国は30年からガソリンで動く新車の販売を禁じる。英石油・ガス大手のBPによると50年に1次エネルギー消費に占める化石燃料の比率は18年の85%から20%に減るとみられる。

1986年からの原油価格の低迷はソ連崩壊の最後の一押しとなった。計画経済の矛盾を60年代に発見した西シベリアの石油資源が覆い隠してきたが、石油収入が激減して西側諸国から多額の借金をするまで追い込まれた。穀物を輸入に頼っていたソ連の懐はさらに厳しくなり、物価高騰で国民の不満が高まった。

原油は石油輸出国機構(OPEC)加盟の産油国全体に年6000億ドル(約62兆円)もの富をもたらしている。一大供給地の中東に日本は輸入原油の約9割を頼る。中東の紛争などに世界は翻弄されてきた。

「石油の世紀」の終えんは世界の政治や経済が築いた秩序を塗り替える。エネルギーの新たな主役となるのは誰か。決め手となるのはイノベーションを生む「知」という新たな資源だ。

「思い切ったエネルギー節約、必要」宮坂力・桐蔭横浜大特任教授


ペロブスカイト太陽電池の開発で
ノーベル賞の候補に挙がる宮坂氏

ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ太陽電池を開発し、その高性能化に取り組んでいる。すでに効率はシリコン製太陽電池に肩を並べるレベルに届いている。2050年には太陽電池で日本の電力需要の40%を賄うと期待しており、ペロブスカイト電池がその半分を占めることも可能だと思う。大量生産できれば、価格は現在主流のシリコン製の半値になるだろう。


ペロブスカイト構造を持つ特殊な原料をプラスチック製フィルムに塗布し、乾かして電極で挟めば、軽くて曲げやすい電池になる。重いパネルを屋根に付ける太陽光と違い、建物の側面に貼り付けて発電できる。直射日光でなくても高い効率で発電するので、マンションのベランダで家庭菜園のように電気を作れる。ロール状の電池を各家庭がひとつ持つだけで、かなりの量の発電が可能になる。


日本で一気に広がるとすれば、電気自動車(EV)など車載用だろう。フル充電は難しいが、出力を住宅につなげれば、家電を動かすのに使える。微量だが環境に有害な鉛が含まれるので、廃棄時に電池を回収する必要がある。鉛バッテリーと同じく自動車ディーラーが回収する仕組みを作れば、心配いらない。


世界をみれば、すでに欧州勢との開発競争が始まっており、中国も実用化の段階に入ってきた。中国には20~30歳代の若手を中心に研究者がざっと1万人はいると聞く。日本の10倍超にもなる人数だ。日本の研究者のほうが質は高いかもしれないが、技術開発では汗をかきながら実験を進めるマンパワーが欠かせない。日本勢は無鉛材料の開発に人材を集中し、世界をリードしたい。


地球環境の変化は温暖化ではなく、気候変動と考えるのが正しい見方だろう。その原因は必ずしも二酸化炭素(CO2)の増加だけが原因ではないと思う。有限で貴重な化石燃料を一方的に消費した結果、CO2濃度が増加した。これは抑えるべきだ。エネルギー消費の抑制、特に電力消費の抑制が第1だ。


仮にEVを100%にするとしても、電池の生産や充電などでCO2は生じる。車そのものを減らさないといけない。都市部では路面電車を復活させ、自家用車の排除を考えてもよい。先進国の都市ではオフィスビルの電力消費に無駄がある。


生活圏では自動販売機を減らしたり、加工食品の過剰生産と食品ロスをなくしたりといった対応がいる。再生可能エネルギーの生産よりエネルギー消費そのものを減らすことを考えるべきだ。


日本はエネルギーの90%以上を輸入に頼っている。ノルウェーなど北欧の国のように水力、風力、太陽光、水素燃料などの再生エネのみでは産業を支えられない。思い切ったエネルギーの節約をしなければいけないのが日本の弱点といえる。


日本列島は雨量が多く、水に恵まれている。だが、山地が多く、傾斜が大きい地形が気候変動による大きな水害につながっている面もある。島国を取り囲む海水の温度変化による気候変動が、農業や水産業、生態系に与える影響も顕著だ。防災と減災を進めるうえでも、地形からくる短所に目を配る必要がある。


(聞き手は大平祐嗣)


みやさか・つとむ

 1981年東大院卒後に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス )入社。2009年にペロブスカイト構造を持つ太陽電池を世界に先駆けて発表しノーベル化学賞候補に。太陽電池関連の同大発ベンチャーも設立した。