水素開発にEU60兆円 次代制す「究極の資源」

第4の革命 カーボンゼロ(4)

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Nikkei Online, 2021年1月5日 5:01更新


欧州最大級の水素事業「NortH2」のイメージ

海水から「緑色の水素」を作れ。オランダ北部の洋上でこんなプロジェクトが進行中だ。欧州最大級の水素事業「NortH2 (ノースH2)」。2030年までに最大400万キロワットの洋上風力発電所を整備し、その電力で海水を電気分解して水素を生み出す。

水素は製法別に色分けされる。化石燃料から取り出すと「グレー」、製造過程で生じる二酸化炭素(CO2)を回収できれば「ブルー」、再生エネで水を電気分解して作ればカーボンゼロの「グリーン」となる。 ノースH2は洋上風力でグリーン水素を作り、40年に800万~1千万トンのCO2排出を削減する。

事業の中核を石油メジャーの英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルが担う。欧州連合(EU)は50年までに洋上風力を現状の25倍に引き上げ、水素戦略に4700億ユーロ(約60兆円)を投じる。ティメルマンス上級副委員長は「再生エネでつくる水素は最大の政策支援を受ける」と語る。

水素はロケットの燃料に使われるほど強いパワーを秘め飛行機の動力源になりえる。燃焼しても温暖化ガスは発生しない。ガス排出源である鉄鋼や化学など製造業の現場を脱炭素するための鍵にもなる。水素に変換することで不安定な再生エネを保存可能にする「究極の資源」と言える。

普及のポイントは製造コストだ。先行する欧州でもグリーン水素を1キログラム生み出すのに6ドル(約620円)程度かかる。エネルギー大手などで構成する水素協議会の推計では、30年に水素の製造コストが1.8ドルに下がれば、世界のエネルギー需要の15%を満たす。

日本も「水素エネルギー社会」確立に向け動く。

19年11月に「50年ごろの温暖化ガス排出ネットゼロ」を宣言した東京ガス。水素製造でも、現状の流通価格(1キログラム当たり約1100円)を30年に3分の1ほどに引き下げるという政府目標を「前倒しで達成させる」(内田高史社長)という。

切り札は14万台販売する家庭用燃料電池「エネファーム」のノウハウ。エネファームはガスから取り出した水素と空気中の酸素を化学反応させ電気を作る。この原理を逆転し、水を電気分解して水素を生成する。部材の小型化で高価な材料を削減したり、装置の工程を自動化したりしてコストを下げる。量産化で装置が安くなれば、あとは割安な再生エネ由来の電力をどこから仕入れるかというフェーズに移る。

オールジャパンで太陽光から水素を作る取り組みも始まった。東北電力が原子力発電所を建てる予定だった福島県浪江町の土地に20年2月、世界最大級の水素施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」が完成した。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と東北電力に加え、東芝が水素製造のシステムを統括。世界最大級の電気分解装置は旭化成が開発した。

技術開発が進む日本だが水素社会実現への壁は厚い。再生エネで出遅れた日本では、グリーン水素を作るコストが現在の水素流通価格の約10倍という試算もある。低廉な水素を確保するには、CO2回収技術を含めた生産施設やエネルギー運搬船、受け入れ基地などのインフラを整える必要がある。

困難は好機の裏返しだ。エネルギー源の多様化を迫られた日本が世界に先駆け1960年代から取り組んだ液化天然ガス(LNG)調達。当初はリスクを懸念する声もあったが、液化プラントなどのインフラから整備し、いま電力の約4割をLNGでまかなう。アジアにインフラを輸出するまでに成長した。水素社会の実現に向け国家としての意志と戦略が問われる。

「再生エネは『もうかる』」天野浩・名古屋大教授


カーボンニュートラル実現にはイノベーションが
欠かせないと語る天野氏

2021年は日本の脱炭素に向けたスタートの年にしなければならない。みんなが脱炭素という共通目標を目指して取り組む。菅義偉首相が高い目標を掲げたことは非常にいいことだ。カーボンニュートラルに向け、一歩踏み出す時だ。
再生可能エネルギーはコストが高く、「金持ちの道楽」というイメージを打破したい。再生エネは「もうかる」と強調したい。


名古屋大の分析によると、50年のカーボンニュートラル実現には165兆円かかる。年平均5.5兆円だ。再生エネ投資でエネルギーを国産化できれば、資源の輸入が減る。お金が国内で循環するようになれば経済にプラスだ。33年から単年度で黒字化し、43年に累積赤字も黒字転換できると考えている。
実現にはイノベーションが欠かせない。青色発光ダイオード(LED)は結晶ができて1兆円市場になるまで30年近くかかった。50年までとなると今から準備しないと間に合わない。


私たちは半導体の新材料として省エネが期待される「窒化ガリウム」の研究を進めている。電力を制御する世界中のシリコン製素子を窒化ガリウムに置き換えれば、10%の消費電力削減になる。電気自動車(EV)のモーター制御に応用したら最大65%の電力消費低減に成功した。エネルギー効率はあがらないとの悲観論もあるが、企業や研究者にチャレンジしてほしい。


窒化ガリウムは再生エネの拡大にも貢献できる。洋上風力発電向けに高圧の直流送電から効率よく交流変換できる装置を開発した。試算では窒化ガリウムのデバイスで余った電気の37%をワイヤレス給電に回せる。余剰電力をEVやドローン、スマートフォンなどの充電に使えれば、効率も利便性も上がる。超低消費電力で大容量の高速通信にも貢献できると思う。その研究にも取り組み始めた。


50年ゼロにいるのは技術的な進歩だけではない。オフィスや行政システムの効率化も必要だ。官庁も自治体も独自のシステムを導入し、規格がバラバラで融通が利かない。規格を統一すべきだ。競争は大事だが、協調も重要だ。
国の将来ビジョンを意識しながら課題を解決するには、大学などでの人材教育が大切になる。青色LEDで30年かかったプロセスを10年以内に実現するような人材を育てたい。修了生が企業の中枢を担えば世の中が変わるだろう。


日本のものづくり企業は技術で先行し、最初はもうけが大きくても、価格競争になってもうけが少なくなって諦めてしまう。日本で新技術が生まれる確率は高い。次々と新技術を生み出すのが理想だ。「自分はできる」「GAFAを超えるんだ」というマインドセットを持つ若い人たちを増やすことが重要だ。


照明分野は10年ごろに私たちが革新した。この先、25年ごろに生活環境を革新し、30年ごろに自動車などのモビリティーを革新する。そして50年にはエネルギーの需要と供給を高度に管理するIoE(インターネット・オブ・エナジー)とカーボンニュートラルを実現させる。その意気込みで研究している。大学で脱炭素につながる新技術が生まれたら、それを使ってくれる企業が増えてほしい。
(聞き手は岩井淳哉)


あまの・ひろし

 1983年(昭58年)名古屋大工卒。青色LEDの研究で世界の消費電力削減に貢献し、14年には赤崎勇、中村修二両博士とともにノーベル物理学賞を受賞した。現在は名古屋大の未来エレクトロニクス集積研究センター長も務める。