緑の世界と黒い日本
 「再生エネが最安」電源の主流に

第4の革命・カーボンゼロ 大電化時代(1)

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Nikkei Online, 2021年3月1日 0:00


オランダ・ロッテルダム港に立つ
世界最大の洋上風力発電機の実証機。
今後数百本単位で海上に建設される

電化の時代が訪れる。カーボンゼロの達成には化石燃料をなるべく燃やさず、温暖化ガスを出さない電気で社会を動かす必要があるからだ。太陽光や風力を操り、電気をためる蓄電池を押さえた国がエネルギーの新たな覇者となる。日本も再生可能エネルギーの導入と電化を加速するときだ。

オランダ、ロッテルダム港。ひときわ目立つ巨大な風車がゆったりと回る。米ゼネラル・エレクトリック(GE)が製造した世界最大の風力タービンの実証機だ。

1回転で2日分

高さは東京都庁を上回る260メートル。羽根は107メートルと東京ドームの本塁から外野両翼のポールに届く。1回転で1世帯の約2日分の電力を生む。建設中の英国沖ドッガーバンク風力発電所はこのタービンをまず190基建てる。完成時の発電出力は大型原発3基分の360万キロワットで英国の電力需要の5%をまかなう。

デンマーク沖に30年前にできた世界初の洋上風力の発電出力は5千キロワット。羽根の巨大化で1基の出力は約30倍になった。1基建設する日数も28日から半日に縮み、基礎や電線の規格を統一して発電費用が下がった。

「欧州勢が提案する価格の安さには驚かされる」。秋田県由利本荘市の九嶋敏明副市長は舌を巻く。市沖合で計画される大型洋上風力事業は5月に入札があるが、欧州勢に有利ともみられる。

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の試算では世界の電力需要は50年に48兆キロワット時と17年の2.2倍になる。脱炭素のため石油や石炭の代わりに電気で車や工場が動くからだ。しかも二酸化炭素(CO2)を出さない電気が要る。再生エネの発電量は7.5倍になり、全体に占める比率も25%から86%に高まる。再生エネによる「大電化時代」が始まった。

日本政府は現在ほとんどない洋上風力を再生エネ拡大の切り札とする。40年に発電出力を計4500万キロワットまで増やす計画だが、由利本荘の洋上風力も出力73万キロワットと英ドッガーバンクの5分の1。20年の発電量に占める再生エネの比率は英国42%、ドイツ45%に対して日本は2割どまり。周回遅れは否めない。

調査会社ブルームバーグNEFは発電所を新設した場合にどの電源が一番安いかを国・地域ごとに調べた。1世帯が4カ月間に使う1000キロワット時の電気をつくる場合、最も安い電源は日本が石炭火力74ドル(約7800円)、中国は太陽光33ドル、米国は風力36ドル、英国は風力42ドルだった。日本は太陽光124ドル、風力113ドルと高い。

再生エネが最安電源である国・地域の国内総生産(GDP)をあわせると世界の4分の3に迫る。再生エネが最安の国を緑、天然ガスが最安を灰色、石炭ならば黒で世界地図を塗ると「緑の世界と黒い日本」が浮かぶ。

数年前まで石炭やガスが優位だったが、技術革新と規模拡大でこの10年で太陽光は8割、陸上風力は4割安くなった。石炭火力から撤退を進める独電力大手RWEのマルクス・クレッバー最高財務責任者(CFO)は「再生エネのメジャープレーヤーに変身しなければ将来はない」と話す。

日本はクリーンな風力や太陽光を使って発電しても電力会社の送電網につながりにくい。送電網の運用が電力会社から独立しておらず、電力会社の自前の火力発電所や原発の接続が優先される。

送電網が左右

接続の技術面の調査は3カ月以内に終える決まりだが、守られないことも多い。1年かかった例がある。平地が広く、強い風が吹く北海道は再生エネの適地なのに接続と引き換えに電力会社から蓄電池の整備を求められる。周波数安定の名目で数十億円かかる例もある。市民風力発電(札幌市)の鈴木亨社長は「このままでは事業自体が成り立たない」と話す。

英国も風力発電が急増し、送電網の容量が不足した。11年から発電量が多すぎる時は風力などの出力を抑えることで、再生エネも送電網に接続しやすくした。接続までの期間は5分の1に縮み、イングランドの再生エネ導入量は11年の約600万キロワットから17年に約2500万キロワットに拡大した。

日本も21年に英国をまねた制度を全国に広げるものの、抜け道がある。送電網が満杯になれば再生エネの出力を抑えるのは同じだ。英国は送電会社が再生エネ事業者に補償金を払う一方、日本は払わずにすむ。「迷わず止められる。大手電力には楽な制度」と大手電力の幹部は明かす。

カーボンゼロに向けた電化競争は、再生エネを早く普及させた国ほど有利になる。再生エネを妨げる制度を見直し、大量導入とコスト低減の歯車を一刻も早く回さなければ、日本は世界から完全に取り残される。

英、再生エネ接続容易に

英国で再生可能エネルギーが飛躍的に拡大したきっかけは、2011年に導入した「コネクト&マネージ」という送電線の利用ルールだ。再生エネを送配電網に「コネクト」(接続)させることで発電比率を高めることを目的にした。


それまでは火力発電所や原子力発電所の電気だけで送配電網の容量が一杯になりそうな場合、再生エネは発電しても送電網に接続できなかった。接続には送配電網が増強されて容量に空きができるのを待つ必要があった。新ルールは再生エネも差別なく送配電網に接続させ、さまざまな発電所からの電気の流れを「マネージ」(管理)して調整した。

再生エネは発電出力が天候に左右され、電力供給が送配電網の容量を超えることもある。その場合は再生エネ事業者に出力抑制を求め、電力の需要と供給を均衡させる。その際、発電事業者には抑制を受け入れた対価を支払う。送配電網の容量が空いた時だけ接続できた従来より再生エネ業者にとって投資や採算を計算しやすくなった。


英国では00年代から風力発電が増えて供給過剰になった。電源に占める再生エネの比率は10年に7%だったが、ルール変更の11年以降に急上昇し、20年は42%だった。


再生エネを主力電源に育てることを目指す日本も18年に「日本版コネクト&マネージ」を導入した。柱の一つは送電網の空き容量の定義変更だ。
送電網は1本の電線が故障してもほかの電線に電気を流し、停電などを防ぐ。送電網はいつも一定容量の空きが要るが、以前はすべての電源が最大限に発電した瞬間も空きが確保できるように運用されていた。


例えば、燃料費が高く、緊急時以外は動かさない石油火力もフル稼働する前提で空き容量を計算していた。空き容量は小さくなり、再生エネを接続しにくかった。18年からはより実態に近い算定方法に改めた。経済産業省によると原発 6基分にあたる約600万キロワットの容量拡大効果があった。


21年からは送電網の混雑時に出力制御を受け入れることを条件に再生エネをつなぐ「ノンファーム接続」が全国で始まった。 ただ、出力を抑制された場合に補償がないなど、仕組みが英国と異なる点がある。