蓄電池、脱中国の攻防 安保握る戦略物資に

第4の革命・カーボンゼロ 大電化時代(2)

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Nikkei Online, 2021年3月2日 0:00



湖水には多くの塩分とレアメタルが含まれる
(中国西部のチャルハン湖)

波ひとつ立たない湖の岸辺に塩の結晶がきらめく。中国西部、青海省ゴルムド市郊外のチャルハン湖。数億年前に海底だったこの場所は、モンゴル語で「塩の世界」という名前の通り、湖水に多くの塩分と金属が含まれる。その1つが蓄電池に欠かせない銀白色のレアメタル、リチウムだ。

周囲には抽出するための塩井(えんせい)が作られ、塩水を吸い上げる特殊船が浮かぶ。こうした塩湖が点在する青海省は2010年ごろからリチウム産業が盛んになった。電池を積む電気自動車(EV)の市場拡大が追い風となり、同省の20年の生産量は世界の約1割に達した。

中国はリチウムイオン電池の生産で約7割のシェアを占める。中国共産党は電池の技術革新を重点プロジェクトに格上げし、35年に新車販売の全てを環境対応車にする。戦略の中核を担うのが11年創業の車載電池世界最大手、寧徳時代新能源科技(CATL)。「我々は世界のトップ企業と競っている。川上と川下が一体となって挑もう」と曽毓群・董事長は取引先に団結を呼びかける。


CATLの電池工場=同社提供

直近1年で1兆5000億円もの投資を打ち出す同社は、材料・部品企業にも幅広く出資する。分厚い内需を取り込み海外でも攻勢をかけ、21年中にドイツで初の海外工場を稼働させる。

不安定な再生可能エネルギーをためて調整する蓄電池は大電化時代の戦略物資だ。世界の車載電池市場は30年に現状の10倍超に拡大する。20世紀は石油を握る国が覇権を手に入れたが、21世紀は蓄電池がエネルギー安全保障の要となる。

米国ではバイデン大統領が中国を念頭に、電池など重点4項目で供給網を見直す大統領令に署名した。EV用電池の約5割を中国からの輸入に頼る欧州でも、新型コロナウイルスによる供給網の断絶で、戦略的な部材を中国に依存するのは危ういとの認識が広がった。

そこで欧州連合(EU)は1月、加盟12カ国による電池産業への補助金供与を認めた。独BMWやベルリンに工場を建設中の米テスラなどが対象となる。「(行き過ぎた)補助金は域内の競争環境をゆがめる」と話すベステアー上級副委員長も、電池に関しては「政府支援は理にかなう」とルールを曲げる。30年にリチウムやコバルトといった電池原料の再利用を義務化して中国製品を締め出し、域内で持続可能な製造サイクルを作る。


テスラはベルリン郊外にEV用の
電池工場を建設している=AP

鉱石やかん水から抽出するリチウムは、採掘や精製の過程で多くの二酸化炭素(CO2)が出る。この点に目を付けて、ゲームチェンジをもくろむのがオーストラリアのバルカン・エナジー・リソーシズだ。

ドイツのライン川上流で、地下深くから高温のかん水をくみ上げ、その蒸気でタービンを回し発電する。その後、かん水をプラントに移し、含まれる塩化リチウムを樹脂に吸着させる。これを電気分解してリチウムを取り出し脱炭素を達成する。「資源採掘まで遡って持続可能な手法をとるべきだ」とビンセント・レデュー・ペデエス副社長は主張する。

車載電池で約2割の世界シェアを堅持するパナソニックは 3年以内にコバルトを使わない電池を実現する。この希少資源は児童労働が問題視されるコンゴ民主共和国が世界生産の 5割のシェアを占め、加工では中国勢が6割に達する。 コバルトフリー電池なら中国依存度を下げられる。 「欧州自動車メーカーから供給打診が相次ぐ」と佐藤基嗣副社長は明かす。


コンゴはコバルトの主要産地だ=ロイター

官民を挙げて蓄電池市場を囲い込む中国も、原料精製や製造過程まで遡ればまだ盤石とはいえない。 脱炭素や人権などの課題をクリアした国だけが「緑の戦略物資」を手にできる。