混乱マイナンバー、総点検「どの情報が正しいんだ」

混乱マイナンバー(1)

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Nikkei Online, 2023年8月1日 2:00

「関係機関一丸で」という岸田首相の号令は組織に響いていない(6月21日、首相官邸)

「緊急事態なので全省庁を横断で点検する組織が必要」。6月中旬、デジタル相の河野太郎はデジタル庁幹部に手書きのメモを手渡した。時を同じくして首相官邸からも指示があり、河野を本部長とする「マイナンバー情報総点検本部」が同21日に立ち上がった。

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行政で蓄積する個人情報とマイナンバーのひも付けを巡り、健康保険証や年金情報で次々と取り違えが判明した。ひも付けを間違えると、個人情報が他人に漏れる恐れが出てくる。

個人向けサイト「マイナポータル」で閲覧できる80の情報が調査対象になる。ひも付けに関わった行政機関は3600近い。首相の岸田文雄は初会合で「新型コロナウイルス対応並みの臨戦態勢で関係機関一丸となって全力を尽くしてほしい」と呼びかけた。

点検の現場は既に混乱に陥っている。兵庫県庁10階の「職員課」。県職員の健康保険組合(共済)の事務局を担う同課は組合員名簿と組合員の住民票情報を照合する作業に追われた。

同共済では5月、職員の保険証に別人のマイナンバーを誤ってひも付けた事案が判明した。生年月日の数字が1つ異なる同姓同名の他人だった。

主幹の杉本環らは政府の要請に先んじて点検作業に入った。共済に登録する3万人超の組合員名簿の情報を住民票と1件ずつ照らし合わせ、誤ったひも付け事例がないかをあぶり出す。

驚くべき事態に直面した。情報が完全一致したのはわずか4千件あまり。5600人分の組合員情報が住民票と食い違い、残り2万件ほどは「1の3の7」と「1丁目3番7号」のような表記のずれが見つかった。

杉本らは5600人の組合員全員に事情を聞いた。食い違いの多くは住民票の住所と実際の居住地が異なるケースだったが、中には耳を疑うようなケースがあった。

「住民票の方が間違いだ」。ある職員は住民票に書かれた自分の名前が違うと訴え出た。住民票は15年にマイナンバーを全国民に割り振った際、番号組成の基となったいわば住民情報の原本だ。

「土台の部分で間違いがあると、どの情報が正しいのか分からなくなる」。マイナンバー以前の問題に直面した杉本らは戸惑いを隠さない。

総点検の現場では兵庫県のような人海戦術の聞き取りが多く発生するとみられる。ただでさえ人手不足の現場に膨大な追加業務がのしかかる。

河野は5月下旬のある日、厚生労働相の加藤勝信と総務相の松本剛明に電話をかけた。「それぞれが批判されるより自分が矢面に立った方がいい」。マイナンバー制度に関わる省庁がばらばらに対応せず、自らが前面に立つ考えを伝えた。

思い切ったはいいものの、足元のデジタル庁の体制には不安が残る。

霞が関のデジタル化の司令塔として21年9月に発足した同庁は、約950人の職員のうち400人強が民間出身だ。部局による縦割り管理の打破をめざしプロジェクトごとにチームを編成する。

一連のトラブルで情報伝達の弱点が露呈した。公的給付金の受取口座とマイナンバーのひも付けに関し、国税庁は2月に担当者に誤登録口座の存在を指摘していた。担当者が報告を庁内で共有せず問題の把握が遅れた。

「マイナンバー担当の人たちは大変そうですね」(50代の民間出身職員)。庁内には担当外には首を突っ込まない人ごとの空気が漂う。

河野は庁内にマイナンバー担当者を集めるフォローアップチームを設け、自らが参加する情報共有の会議を毎日開く。一方、民間出身者として官民の橋渡し役を担うはずの事務方トップ、デジタル監の浅沼尚が会議で発言する姿はほとんど見られない。

総点検に当たる行政機関から問い合わせが殺到した場合、職員は対応をさばききれるだろうか。

与野党からは現行の健康保険証を24年秋に廃止してマイナカードと一体化する政府方針の延期を求める声が上がる。岸田は近く記者会見し対応策を説明する考えだ。前提とする「国民の不安払拭」を果たせるかは見通せない。(敬称略)

少子高齢化が進む日本はデジタルを活用した行政の効率化が欠かせない。揺れる政策と混乱の収拾に戸惑う現場の実情に迫った。