マイナ証明書誤交付、裏に「富士通のスパゲティコード」

混乱マイナンバー(3)

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Nikkei Online, 2023年8月3日 2:00

多数の自治体でマイナンバーカードの証明書交付サービスが止まった(7月31日、神奈川県鎌倉市)

5月2日夜、しんと静まった川崎市役所庁舎。唯一明かりがともるサーバールームに、情報端末の操作キーをたたく乾いた音が響いていた。富士通子会社、富士通Japan(ジャパン、東京・港)のIT(情報技術)エンジニアたちだ。

同日朝に同市のマイナンバーカードを使った証明書交付サービスで他人の戸籍謄本が交付された。個人情報流出の報告を受けた戸籍住民サービス課長の大貫久は、住民票や印鑑証明書などあらゆる証明書交付サービスを急ぎ停止した。「なんとしても原因を突き止めてほしい」。富士通に早期改修を要請した。

誤交付は8つの自治体で発生した。富士通製システムには複数の利用者からの申請が重なると、印刷の順番を取り違えるという欠陥があった。

IT技術者の会合では富士通製システムの複雑さが関心を集めた。「まさにスパゲティコードだ」。立命館大学教授の上原哲太郎は、命令処理の流れが麺のように絡み合って不良が起きても把握がしにくいプログラムだと指摘する。

国の指示で富士通は123自治体のシステムを総点検した。コンビニ交付システムを手掛ける約50社も点検を指示され、業界全体に動揺が広がった。

6月26日開催の富士通の株主総会で、社長の時田隆仁は「マイナンバーへの不信につながった」と謝罪し事態の収束を図った。だが2日後、福岡県宗像市で住民票誤交付が起きた。

29日夜、東京・港区の富士通本社に経営幹部が集まった。「多数の自治体で改修漏れの可能性がある」。衝撃の報告に皆押し黙った。富士通は高負荷環境下で起きる不良など一部のプログラムミスだけを改修していた。現場が把握する不良は複数あったが、富士通全体で共有する仕組みがなかった。システム全体の抜本改修を見送っていた。

「これは凡ミスだ」。経営陣は非中核事業売却などを優先し、事態が深刻化するまで誤交付問題を軽視した。場当たり的な対応の根元には企業統治の不備が潜む。「現場のミスを管理する機能が富士通グループ全体で働かなかった」。7月27日の決算会見で最高財務責任者(CFO)の磯部武司は反省した。

富士通製システムには全体の約6割にあたる76自治体で何らかの不良があったことが判明し、富士通は改修を余儀なくされた。
デジタル行政への不信払拭には信頼ある ITシステム構築が不可欠だ。(敬称略)