尊富士(右)が押し倒しで豪ノ山を破り、110年ぶりとなる新入幕優勝を果たした=共同
110年ぶりとなる新入幕優勝の偉業を手負いで成し遂げたのだから、やはりただ者ではない。尊富士が14日目の朝乃山戦での右足の負傷も乗り越え、賜杯を抱いた。強行出場の末に豪ノ山を圧倒し、足を引きずりながら戻ってきた支度部屋で開口一番、「気力だけで取りました」。
もっとも、歴史的一番で光ったのは気迫だけではなかった。ここまで実力者を次々になぎ倒してきた速攻相撲は足の状態を踏まえて封印。立ち合いで右から張って相手自慢の出足を止めると、左を差し、右上手をつかんで組み止めた。
押し相撲の豪ノ山はつかまえてしまうのが一番の安全策だ。相手が最も嫌がる四つ相撲に持ち込み、がぶって前へ。一度は押し戻されるも、再び寄り立てる。土俵際で体が離れても慌てずに押し倒した。痛みに耐えた精神力もさることながら、四つ相撲も器用に取れる引き出しの多さが賜杯をたぐり寄せた。
休場しても大の里が敗れれば優勝できる状況に一度は出場を諦めかけた。だが、尊敬する兄弟子の横綱照ノ富士から「おまえならできる」と励まされ、「人の勝ち負けを待っている場合ではない。自分で勝ち取りたい」と腹をくくった。
優勝インタビューでは「記録よりも記憶に残る力士になりたい」と語った。この日、大相撲史に尊富士の名は確かに刻まれたものの、「記憶に残る力士」になるには一瞬の輝きでは終われない。本人も「これからが大事。しっかりとケガをしない体をつくりたい」。きょうという日を相撲人生最高の日にするつもりはない。
(田村城)