中台結ぶ2035鉄道計画、習近平氏が仕掛ける心理戦


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Nikkei Online, 2021年3月3日 0:00


3月5日に開幕する中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)。政治と経済の両面から世界から注目されているのが、2035年までの超長期計画だ。この中身は国家主席の習近平(シー・ジンピン)が、いつまでトップとして君臨する意向なのかを推し量るバロメーターでもある。

その2035計画に対台湾政策と絡む驚きのプロジェクトが含まれていることが明らかになった。北京から台湾の台北まで直接つなぐ高速鉄道や高速道路の整備計画である。共産党中央と国務院(政府)が発表した「国家総合立体交通網計画綱要」に明記された交通網も台湾海峡を越えて台北まで達している。


2035年までに完成させる国家総合立体交通網
計画綱要には台北までの計画が明示されている
(交通運輸省ホームページから)

3月1日、北京で記者会見した交通運輸相の李小鵬が手にしていた今後15年で完成させる高速鉄道などの計画図にも、大陸側から台北にまで伸びる路線がくっきり描かれていた。

2035年までの武力統一さえ

これを聞きつけた台湾海峡の両側では、ちょっとした騒ぎになっている。中国側のSNS(交流サイト)上では「2035年はすぐにやってくる。我々は大まじめだ」「本当に15年以内なのか……」などの声が聞かれる一方、台湾側では「夢物語にすぎない」といった拒否反応が大半だ。

全くかみ合っていないのは当然である。中台間の対話は長く途絶えている。20年1月の台湾総統選では民主進歩党(民進党)の蔡英文が、国民党候補を大差で破った。新型コロナウイルス対策の初動では中国と対照的に大成功を収め、経済面の好調も手伝って比較的、高い支持率を維持した。


2月28日、台湾・高雄で開かれた
「2・28事件」犠牲者追悼式典であいさつする
蔡英文総統=総統府提供・共同

中国側は蔡政権が「一つの中国」の原則を認めない以上、相手にしない構えだ。蔡の総統任期は24年まである。中国側が打つ手に乏しいのも事実で、現状は手詰まり感が強い。

ここで登場したのが今回の北京・台北間の交通網計画である。もしこの計画が実行に移されるとしたら、どういう可能性があるのか。そもそも台湾側が拒んでいる以上、円満な着工などありえない。「それでも今後15年で完成させるというからには、武力行使による威嚇と一体のシナリオが隠されているのではないか」。そういう疑念を台湾側に抱かせる巧妙な心理戦に見える。

中国内のSNSで政府系メディアなどが、北京と台北を結ぶ「2035計画」を様々な形で繰り返し取り上げていることからも、そういう意図が感じられる。

実は過去にも中国による中台間の交通網計画はあった。しかし、政治情勢などから机上の空論にすぎないとみられていた。今回、大きく違うのは、既にかなりの権力基盤を持つ習近平という存在である。

習が22年の共産党大会後も最高指導者として残り、最終的に35年前後までの君臨を視野に入れているとすれば、おそらく台湾統一も具体的な課題として浮上してくる。35年までには、中国の経済規模が米国を超えて世界第1位になり、軍事技術でも米国と肩を並べようとしているかもしれない。

長期政権の最大の課題

15年11月、シンガポールで歴史的な中台トップ会談があった。習と、国民党出身の当時の台湾総統、馬英九は80秒もの長い握手を交わした。この1949年以来、初めての出来事の際も「習は台湾統一を掲げて長期政権を狙うのではないか」という観測が浮上し、一部で話題になった。

習時代に入って強調された「中華民族の偉大な復興」という政治スローガンの実現に台湾統一は不可欠で、その実現を名目にすればトップ3選さえあり得るというのだ。

それから6年がたち、情勢は大きく変わった。中台関係は一転して緊張が続いている。半面、習のトップの任期延長は、国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正によって実現可能性が高まりつつある。


平潭島の台湾企業誘致地区

それどころか35年まで視野に入れた事実上の「終身のトップ」を目指す新たな戦いが、この全人代の2035長期計画をきっかけに始まろうとしている。ここにまた台北に向けた交通網計画という形で中台統一問題が絡んできた。

中国が、台湾海峡に面した福建省側の起点と考えているのが平潭(へいたん)島だ。この島から台湾北西部の新竹までは約130キロにすぎない。中国側は過去に海底トンネルでつなぐことは技術的には不可能ではないとの見解を示している。

しかも習近平は平潭島に思い入れがある。02年に浙江省に移るまでの17年間、福建省で勤務し、最後の頃は省長として中心地の福州で過ごした。その頃、「時折、平潭島の海岸を訪れていた。好きな場所だったようだ」(地元幹部)という。

そういう経歴もあり、習時代に入ってから台湾との共同開発を狙った国家的なプロジェクトが平潭島で始まり、橋、港湾などインフラ工事も急ピッチで進んだ。福州から平潭島まで高速鉄道がつながり、台湾企業を呼び込むための誘致地区も整う。島は1990年代とは全く違う近代的な様相に生まれ変わりつつある。


1996年3月の台湾海峡危機の際、
平潭島で実施された中国軍合同作戦演習の記念碑

一方、平潭島は中国と台湾の軍事的な対峙の最前線でもあった。中台の緊張が高まった1996年3月、中国は台湾侵攻も視野に陸海空3軍の統合軍事演習を行っている。この時は米海軍が空母2部隊を台湾付近に派遣する危険な事態に陥った。

台湾産パイナップル禁輸まで

北京と台北間の交通網計画が話題になったのと同じ3月1日、中国は台湾産パイナップルの輸入停止に踏み切った。中国側は害虫が検出されたことを理由としている。台湾側は、経済・貿易を利用して政治的な圧力をかけようとしてるとみて反発している。台湾産パイナップルの輸出の大半は大陸向けで、台湾の農家への打撃は大きい。



党史学習大会で演説する
中国の習近平国家主席
(2月20日、北京)=新華社・共同

この突然の措置は前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ)時代から続いてきた台湾産農産物の積極購入という方針の転換につながる可能性もある。米国はトランプ政権からバイデン政権に移行したが、米台間の関係緊密化の流れは変わっていない。中国側には、安全保障面で台湾に圧力を加えるだけでなく、経済面でも様々な手を考え始めたと考えることもできる。

今後15年間での完成を見込む一方的な北京・台北交通網計画と、台湾産パイナップルの輸入停止。この2つは、今後の中台関係にどんな影響を及ぼすのか。5日からの全人代で示される習の政治的思惑を含んだ2035長期計画の詳細とともにじっくり観察する必要がある。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。