Nikkei Online, 2024年11月10日 2:00
米国の次期大統領に決まったトランプ前大統領のもと、自国産業の保護を最優先に据える「内向き」な政策が再び動き出す。高率な関税をモノの輸入に課し、米国での自動車生産は年6兆円規模のコスト増になるとの試算もある。トランプ氏が返り咲くまでの4年間で進んだ脱炭素技術の普及や人工知能(AI)の開発が滞る懸念も強い。
トヨタ自動車の戦略車種であるピックアップトラック「タコマ」。同社は8日までにメキシコで米国向け次世代モデルの増産を打ち出し、2024年末までに累計14億5000万ドル(約2200億円)の関連投資を終える計画を示したが、先行きに不透明感が漂う。
トランプ氏は全輸入品に10〜20%の関税を課し、製品ごとの追加関税も強化する方向だ。米大統領には緊急事態時に大統領権限を拡大する国際緊急経済権限法を行使し、議会を通さずに関税を引き上げる方法もある。
自動車産業は高関税の影響が大きい。米国の自動車販売は年1500万台規模で中国に次ぐ。その多くをメキシコやカナダ、日本からの輸入が占め価格上昇につながる。
完成車だけではない。メキシコは米国向けの関税をゼロにできる自由貿易協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を利用でき、米国の24年1〜6月の部品輸入の41%をメキシコが占めた。米中の対立で自動車メーカーは中国に代わりメキシコ調達を増やしてきたが、逆風となる。
米アリックスパートナーズは輸入部品へ高関税がかけられた場合、米国生産車の1台当たりコストは最大4000ドル増えると分析する。年1000万台の米自動車生産の規模から試算すると、米国全体で年6兆円コストが膨らむ懸念がある。
関税発動となれば自動車に限らず、鉄鋼や機械などの製造業も米国生産の強化などを迫られる。
調査機関タックス・ファンデーションは、関税の上乗せで米国の歳入は長期的に3.8兆ドル増えると試算する。米市場の個人消費で稼ぐ企業のコストは膨らみ、物価を押し上げる懸念がある。
トランプ氏がインフレ再燃を抑える切り札と見るのがエネルギーコスト低減だ。そのために米国で化石燃料の増産や新規開発を促す公算が大きい。液化天然ガス(LNG)輸出の拡大も目指す。
トランプ氏は世界の潮流に反して、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの再脱退を示唆する。バイデン政権は巨額の補助金拠出をてこに総額2650億ドルの脱炭素投資を国内外企業から集めたが、一部には撤回の動きが出てきそうだ。
再エネ発電への支援は細る可能性が高く、みずほ銀行産業調査部は「(トランプ氏は)特に洋上風力に対して厳しい姿勢で、開発プロジェクトが停止する可能性がある」と分析している。
人の流入を制限する懸念もある。選挙戦では国内の雇用や治安を守るためとして、不法移民の流入を食い止めると有権者に訴え続けた。「不法」に限らず、移民の入国を減らす可能性がある。
第1次政権では「H-1B」という就労ビザで働く高度人材の移住の規制強化を試みた。ビザの発給申請を当局が拒否する比率が高くなり、ピークの18年には25%に迫った。バイデン政権下の23年は5%を切っている。
H-1Bで就労するインド系などの高度人材はAIなど米テクノロジー産業の先端技術開発を担う。「グリーンカード(永住権)を取りたいと思っていたが、そもそもビザ発給も難しいかもしれない」と米グーグル社員は話す。巨大テックの開発力も低下しかねない。
米産業界ではトランプ氏再来について規制緩和や減税が経営コストを縮小するとの期待もある。バイデン政権下で強まった国内企業同士のM&A(合併・買収)の審査が緩むとの見通しもある。
だが、内向きな通商政策によるコスト増はこうしたビジネス上の恩恵を打ち消しかねない。トランプ氏は「米国第一」を掲げ、その姿勢は「ユニラテラル(一方的)」と評されてきた。第2次政権では、雇用や産業を奪い返すために、より積極策に出る可能性がある。
トランプ氏の政策運営は実利重視といえる。内向き政策も外交交渉で中身が変わる。先行きが見通せないだけに、企業は複数のシナリオに備える必要がある。
(ワシントン=八十島綾平、ニューヨーク=川上梓、ヒューストン=花房良祐、シリコンバレー=渡辺直樹)