Nikkei Online, 2026年1月19日 10:00

就任1年を迎えるトランプ米大統領は、デンマーク領グリーンランドを手に入れる野心をむき出しにしている。グリーンランドに軍要員を派遣する欧州8カ国にも怒り、2月1日から10%の追加関税をかけると公表した。
欧州側は強く反発している。米国をけん制するため、グリーンランドで合同演習に動く。米欧は同盟というよりも、半ば敵対国に転じようとしている。
「西洋なき世界」が訪れる。こう書くと大げさに思われるかもしれない。しかし、米欧を中心とする西洋がルールをつくり、他国が従うという時代は過去のものになった。2025年12月、欧州と米国を続けて訪れる機会があり、そんな印象を強く受けた。
第2次世界大戦後、米欧は密に連携し、世界の秩序を率いてきた。その体制が崩れることは戦後史上、大きな転機だ。
米欧の溝は領土問題や戦略にとどまらない。国家観や世界観の根幹にまで衝突が及んでいる。
人間関係に例えれば、価値観の違いが極まり、信頼が損なわれた状態だ。今後、「西洋なき世界」の衝撃が広がり、国際政治をさらに漂流させる危険がある。暗黒ともいえるシナリオだ。
分断を決定づけたのは12月5日、トランプ政権が公表した国家安全保障戦略(NSS)だ。欧州に対し、もはや同盟国とは思えないほど敵対的なことばを並べた。
欧州は急激な移民の流入によって、伝統的な共同体や価値観を崩している。20年以内に欧州大陸は「今とは全く異なる姿」になる。信頼できる同盟国であり続けられるかは、大いに疑わしい――。例えば、こんな具合だ。

さらに極右政党や右派ポピュリスト政党を念頭に、欧州内で「愛国的な政党」が台頭しているとたたえ、米国として後押しする姿勢をにじませた。
戦後、欧州連合(EU)は大戦の教訓もあって国境を減らし、ヒトやモノの行き来を自由にする統合を進めてきた。歴代の米政権もこれを支持してきた。
ところが、トランプ政権はこの流れを百八十度転じ、欧州の生き方を真っ向から否定する。当然ながら、欧州では激しい反発と怒りが湧き上がっている。
とりわけ欧州の政治家や識者が憤っているのは、彼らが脅威とみなす欧州の極右や右派ポピュリスト政党をトランプ政権が支持していることだ。両者は概して反移民・反EUをかかげ、一部には親ロシアの色を帯びる党もある。
その勢いは近年、すさまじい。ドイツでは「ドイツのための選択肢(AfD)」が25年2月の総選挙で、第2党にのし上がった。フランスでは、国民連合(RN)のバルデラ党首が世論調査で首位の人気を誇る例があり、英国でもリフォームUK(改革党)の支持率が最も高い。
英独仏などの首脳からみれば、こうした勢力を後押しするトランプ政権は、味方どころか「敵」に近い。長年、親米でならした英労働党の国会議員は筆者に「トランプ政権下の米国は、同盟から敵対国に転じた」と語った。
12月11〜12日、ルーマニアの首都ブカレストに米欧などの高官や識者が集まり、ウクライナ復興会議(ルーマニアの新戦略センター主催)が開かれた。この場でも、欧州側から次の声が上がった。
「米国が発表した国家安保戦略は、私たちへの十分すぎる警告だ。欧州は(自立に向けて)もっと速く行動しなければならない」

では、トランプ政権はなぜここまで欧州の現状を嫌い、容赦なく攻撃するのか。トランプ政権に詳しい米国の元高官や外交専門家らによると、3つの理由がある。
第一に、米軍への防衛依存を早急に終わらせるためだ。欧州にわざと衝撃を与えることで、自立を急がせる狙いがある。
第二に、中東やアフリカからの移民流入を止めなければ、欧州の西洋文明が薄れ、米外交にも大きな損失をもたらす、と本気で恐れている。
そして第三に、トランプ政権の1期目に自分たちを見下す態度をとった欧州エリート層に対し、トランプ氏と側近は嫌悪感を抱く。
この観点に立てば、反移民や国境の強化を掲げる極右政党などはトランプ政権にとって、頼りになる味方ということになる。
水と油ともいえる米国と欧州の国家観・世界観は今年、さらに溝が深まるだろう。トランプ政権は今年秋の中間選挙に向けて、国境の「壁」をさらに高くし、移民を厳しく規制するとみられる。
一方、英独仏などでは今年から29年にかけて、重要な選挙が相次ぐ。極右や右派ポピュリスト政党が勢力を広げるなか、トランプ政権への警戒感はいっそう強まるに違いない。
さらに追い打ちをかけるのが、対ロシア路線のずれだ。欧州はロシアのウクライナ侵略を失敗させなければ、自分たちの安全が危ういという切迫感を抱く。

トランプ政権は地政学上、ロシアよりも中国が脅威だと捉えている。このためロシアとウクライナの停戦を急ぎ、ロシアとの関係改善も視野に入れる。米欧がめざす方向は逆といえる。
このまま米欧の溝が深まれば、アジアへの影響も計り知れない。西洋を敵視してきたロシアと中国は、より強気に行動するだろう。日本などアジアの米同盟国にとって、米欧への働きかけがさらに急務になる。