フィンランド首相「安保環境、全て変わった」

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Nikkei Online, 2022年5月6日 10:00

フィンランドのサンナ・マリン首相(2日、ヘルシンキ)

【ヘルシンキ=竹内康雄】フィンランドのサンナ・マリン首相は日本経済新聞のインタビューで、同国内で議論が進む北大西洋条約機構(NATO)への加盟について「今月中に意思決定がなされる」と表明した。ロシアのウクライナ侵攻により安全保障環境などフィンランドにかかわる「すべてが変わった」と述べ、NATO加盟に傾いていることをにじませた。

10日からの訪日を前にヘルシンキの首相公邸でインタビューに応じた。日本滞在中は岸田文雄首相と会談し、気候変動問題や新型コロナウイルス対策、デジタル化や科学技術などを話し合う。マリン氏は岸田首相との会談でロシアによるウクライナ侵攻や欧州の安全保障問題も提起し、ロシアへの対応で日本と足並みをそろえたい意向を示した。

ロシアと約1300㌔㍍の国境を接するフィンランドは、複雑な歴史から欧州連合(EU)には加盟しながらも軍事面では中立を保ってきた。NATOに加盟してこなかったのはロシアを過度に刺激しないとの配慮もあった。

だがウクライナ侵攻でフィンランドの危機感は高まった。マリン氏はウクライナの主権を尊重せず国際法に違反するロシアの振る舞いに「今までのような関係を続けることはできない」と語り、従来方針の転換は避けられないとの考えを示唆した。

国営放送YLEの調査では侵攻前はNATO加盟に反対する声が多かったが、侵攻後は初めて賛成の世論が過半を超えた。フィンランド政府は安保環境の変化に関する報告書を4月に公表し、足元では議会で議論が進む。マリン氏は「NATO加盟の意思決定はごく近いうちになされるだろう」と述べた。同じ非加盟のスウェーデンでも加盟に向けた議論が進んでいる。

ロシアのウクライナ侵攻を巡っては、中国の姿勢に国際社会の関心が集まっている。マリン氏は中国にロシアの行動を非難するよう求め、侵攻の停止に役割を果たすよう促した。「対ロシア制裁に加わることが重要だ」とも述べた。

EUなどがロシアからのエネルギー禁輸措置を決めても、中国やインドが石油や天然ガスをロシアから買えば制裁の効果が薄れるとの懸念がある。中国に、民間人を多数殺害しているロシアにくみしないようクギを刺した格好だ。

侵攻を受け続けているウクライナには武器供与や人道・資金支援を拡充すると説明。「ウクライナ国民が戦い、自らの手で未来を切り開けるようにする必要がある」と訴えた。同時にロシアに一段と重い制裁を科すことが重要だとして「ロシアにとって戦争ができるだけ高くつくようにしなければならない」と語った。

侵攻が終わる見通しについては「分からない」と率直に話した。「ウクライナでは毎日人的被害が出ており、一刻も早く戦争が終わることをのぞんでいる」と述べた。フィンランドやEUがウクライナの再建に取り組む考えも示した。一方で「ロシアが(国際)ルールを尊重する考えに戻るようにしなければならない」とも指摘した。

エネルギー「数カ月で脱ロシア依存」 原子力、グリーン電力へ移行

フィンランドのマリン首相は日本経済新聞のインタビューで、欧州連合(EU)が科すロシアへの制裁を天然ガスを含めたエネルギー全体に広げる必要があるとの考えを表明した。フィンランドは数カ月以内にロシアの化石燃料依存から脱却できるとの見通しを示した。

EUの欧州委員会は石炭に続き、石油の禁輸を加盟国に提案した。マリン氏はエネルギーの禁輸に踏み込まなければ「ロシアの戦争に資金を供与し続けることになる」と話し、天然ガスを含めたエネルギー全体の輸入停止が必要と主張した。石油の禁輸で合意した後は、ガスも制裁対象にするようEUに働きかける考えだ。

EU内には中・東欧を中心にロシアの化石燃料に大きく依存している国もある。マリン氏は「立場が異なるのは理解している」と語り、移行期間などの一定の配慮が必要と認めた。それでも「戦争を終わらせたいのであれば、我々はロシアからのエネルギー調達を止めなければならない」と力説した。

国際エネルギー機関(IEA)によると、フィンランドのエネルギー供給のうち、化石燃料のロシア依存度は2020年で約45%を占める。マリン氏はフィンランドが「今後数カ月のうちに、ロシアの化石燃料から脱却できるだろう」との見方を示した。

ロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギー問題を機に、グリーン技術への移行を「以前に考えていたよりも早く実現するモメンタムがある」と述べ、風力や太陽光といった再生可能エネルギーの普及や、水素など新技術の開発に力を入れるべきだと訴えた。

フィンランドは35年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げる。EU全体の目標よりも15年早い。

フィンランドは運転中に温暖化ガスを排出しない原子力を活用している。IEAによると、20年時点で発電量の約35%を原子力でまかなう。3月には同国南西部のオルキルオト原発3号機が発電を始めた。容量160万キロワットで、フル稼働すればフィンランドの電力需要の14%をまかなうという。

ただマリン氏は「原子力は短期あるいは中期の対応策だ」と語り、長期では再生可能エネルギーや水素などでエネルギー需要をまかなう考えを示した。「原子力が(フィンランドの)エネルギーミックスの一部であるのはしばらくの間だけだ」と説明した。

その理由の一つとして、マリン氏は原発からでる核廃棄物の問題を挙げた。フィンランドでは世界初となる最終処分場の建設が進んでいる。地下400~500メートルに10万年単位で保管する。

マリン氏は、フィンランドが世界で先進的な取り組みをしているにもかかわらず「地球規模で見れば、将来的に核廃棄物は大きな問題になる」と原子力に過度に期待するのは望ましくないとの考えを示した。

サンナ・マリン氏(Sanna Marin) ヘルシンキ生まれ。 フィンランドのタンペレ大を経て、15年に国会議員。 19年6月に運輸・通信相。 19年12月、34歳で同国史上最年少の首相に就任した。 中道左派の社会民主党所属。

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